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政策委員会 第2回


前回会議の論点整理とフリートーキング
平成21年11月12日
発言趣旨
下村博文政策委員長
  • 自民党の旗は何なのかを明確にすることが自民党の再生につながり、それを清和研で議論することが必要である。
  • 1回目は保守主義、日本的なアイデンティティとは何なのか、保守としての政党を明確に理論づける必要性を考え、外部からも講師を招き、参院選前にまとめた方がいいという話があった。
  • 前回議論されなかったものとしては、皇室典範を含めた天皇制の在り方や外交防衛政策。
  • 自助の部分では家族の在り方。公助の部分では社会保障の問題。共助の部分では地域コミュニティやnpo的な新たな仕組みに対するフォローアップ。これらを議論していく必要がある。
谷川弥一委員
  • 税金の範囲内で生活すべき。民主党の子育て支援は後世の事を考えず、福祉の確保のために後世代への侵略を行っている。経済成長に力点を置き、赤字国債は限度を決めて税収に見合った歳出を作るべき。
  • 自民党の欠点は、政策は全部役人任せで、自民党はそれをチェックするだけである。
  • 自民党が負けた理由として、公共事業や地方交付税のカットと町村合併。財源を他で生み出せるとしたら社会保障費。「ゲートボールの喜びを介護の喜びに」といったことから財源を生みだす。
松野博一委員
  • 日本の保守主義は、「自助努力」と「小さい政府」がセットになっていない。経済成長戦略や社会保障制度の整合性を議論した方がいい。
  • 小泉改革を肯定的にとらえ、規制緩和によって多くの企業や国民の社会参加が可能になったと考えるべき。
  • 教育部門や医療政策をセットで行う事により、効率的な社会参加が実現できる。
  • 自民党の錦の御旗についてこれない奴は、という態度を取るよりも、家族・地域の問題を今風にアレンジし、その絆を強めるといった表現を取った方がいいのではないか。
  • 自助、公助、共助の中で、共助が機能しなくなった。自助、公助、共助のそれぞれのプレイヤーを明確にし、そのサポート体勢まで具体的手法論まで落とし込んで議論すべき。共助ということに関して、もう一度話し合うことにより、保守とはなんであるかという議論が深まってくるのではないか。
西田昌司政策副委員長
  • 保守とは国柄。現行憲法の与えている価値観には家族という発想が全くない。
  • 外交防衛政策でいえば自立自存をいう事が憲法ではなから否定されている。民主党と核も含めて議論すべき。
  • 少子化については、日本の人口がある程度均衡化してくるという意味では致命的な問題ではなく、プラス要因として考えておくべき。
  • 国民負担率を上げて、国が徴収した税をいかに国内で再投資していくかということも、日本型の保守につながってくる。
  • 地域の活性化について、都市計画では首都圏の容積率を下げる事によって、一極集中の仕組みを改善し、地方を活性化させる。農業についても、それぞれの地域で再投資をする事によって国内でお金を循環させ、地域に人が根付く。
北村茂男委員
  • 共助の部分では、国民の間にお互いに助け合って生きるということに対する一つの共有できる合意づくりが大事。
末松信介委員
  • 保守=守旧と捉えるという認識があるため、自民党に支持も落ちて来ている。伝統文化、日本の良さを基本に政策を打ち出していくことが保守の起点となる。
  • あらゆるサービスを税金でやることができにくくなってきたことを国民に知らしめる。依存型社会から脱却していくことも必要。
  • 大学を卒業するまでに1年間くらいは社会奉仕するプログラムを盛り込むべき。
若林正俊委員
  • 「保守とは革新することである」というしっかりとした理念、概念の整理が必要。
  • 地方で定住できるような人口政策を整理することも必要。
  • 「大きい政府」「小さい政府」といった概念の明確化と、少子化の評価も必要。
山谷えり子委員
  • かつて家族を中心として、道徳をも美意識で考える稀有な国と評された日本が、福祉至上、法律万能の質の低い民主主義国家に成り下がっている。人々の連帯によって、節度と品位と調和と献身によって歴史が紡がれてきたということのキーワードを見つければ自民党はもう1度信頼を取り戻せるのではないか。家族崩壊を進める民主党に対し、家族を守る税制や諸施策をぶつけていくべき。
まとめ
  • 民主党が国家解体に繋がっていくような政策を打ち出してくるのに対抗して、夫婦別姓の問題や外国人参政権の問題を含め、核たる家族をどうしていくのかという視点から、地域とは、国とは何なのかという体系的な思想を共有していく必要がある。
  • 色々なテーマについて、テーマを絞って、内外の講師に30分くらい話してもらい、残り30分くらいを質疑応答という形でやっていかないと論点が深まらない。
西田政策副委員長より)
講師については戦後の日本はどういう状況でなってきたのかという大枠の共通認識が必要。全体の話をズバッと言って頂けるような、評論家の西部邁さんや京大の佐伯啓思教授がいいと思う。



下村博文政策委員長
 前回の各先生方のご発言を議事録として取りまとめ、お手元に配付しておりますので、それに沿って議論をさらに深めていきたいと思います。前回、私の方から、この政策委員会を始めるにあたってのポイントとして申し上げたのは、「今まで自民党の旗は何なのかということが明確ではなかった。その旗を明確にすることが自民党の再生に繋がり、それらをあえて清和研の中で議論をすることが必要であると考える」ということです。
 民主党から政権奪還といっても、民主党に代わる明確な旗がないと、奪還ということが国民の皆さんに分からないのではないかという問題提起と、自民党の中でも政権構想会議がございますが、オープンな形ではありませんし、また、来年の参議院選挙に向けた候補者選定等を中心に議論され、“そもそも論”的な議論が党内においてなされていないということで、清和研の中でこのようなものをしっかりと議論することが必要ではないかという問題提起でございます。
 1回目は保守主義、つまり日本的なアイデンティティを持った政党とはどういうことかを中心に議論がなされました。しかし、保守主義といっても、その定義は各国会議員によって、それぞれ解釈とか考え方が必ずしもみな一致しているわけではありません。国会議員だけでなく、一般、学者の方々を含めてだと思います。そういう中で、それぞれが意見を出し合いながらコンセンサスを見いだし、保守としての政党を明確に理論づけることが必要ではないか。そのためには今後、保守主義とか、日本再生、あるいは自民党再生、そういう視点から積極的に考えておられる方々を外部からも講師としてお招きし、議論を深めながら、1冊の本として、できたら参議院選挙の前に、例えば来年5月ぐらいを目途に、まとめた方がいいのではないかと思っています。そして党内外に問題提起をするということが必要ではないか、ということを申し上げました。
 谷川弥一先生からは、一言でまとめれば「侘び寂びを中心とした日本文化が、占領政策、日教組らによって破壊されてきた。もう一度衣食住といったところから大和心に立ち戻るべき」というご発言と、「自民党は職業、地方に関しての考えが欠落している」、「経済成長という観点からは、例えば医療に特化して世界中の金持ちを日本に寄せるような政策もあってよい」という発言がありました。
松野博一先生からは、「イデオロギー的なアプローチ(良質な保守とは何か)と、生活面に対するアプローチ(国民負担に対する責任あるアプローチ)をしていくべき。国民負担率を上げ、医療、介護、保育、教育に関しては保障していく政策を民主党よりも先に打ち出すべき」ということでしたが、こういう議論は今後必要だと思うんですね。
 一つは思想的な部分、それから生活面――これもまた後で松野先生からフォローしていただきたいと思うのですが、「小さな政府」イコール「保守主義」ということではなくて、生活面においても一定程度の保障をきちっとしていくということを逆に打ち出して、しかし無責任な打ち出し方でなく、そのためには負担も必要なのだと。きちっと、その根拠たる財源を明確にすべきで、国民にしっかりと、医療、介護、保育、教育については保障するということを明示する。そういうことが必要ではないか、というご発言だったと思います。松野先生と谷川先生から前回のことで何か補足なりフォローすることはございますか。
谷川弥一委員
 私が言いたかったのは、筋論として税金の範囲内で生活すべきだということ。それをきっちりしないから。例えば民主党は「子そだて支援」2万6000円、これは大事な政策と私も思うのですが、何で年収1億円でもやらねばいかんのかと。ですから「友愛」というのは、後世代のことは全然考えていない。いま生きている人だけ「友愛」で仲良く上手くいったらいいという考え方であり、だから借金も無制限につくっていいという発想になってくるんです。
 私は県議時代から言っていたのですが、昔は職業を確保するために満州事変をやった。今は福祉を確保するために後世代への侵略をやっていると、20年ぐらい前からずっと言い続けてきました。そういうところが自民党は曖昧になっている部分がある。赤字国債はどこから出だしたか。福田内閣だったかな。あそこで、ほんとは法律を作らねばいかんかったですね。赤字国債は発行したらいかんというて。発行するのだったら建設国債まで。
今、日本で大きな問題は、要するに莫大なる財政的赤字を垂れ流すということと、少子化だと思っている。そういうことを曖昧にしているから国民に対する説得力がない。もっと言わせていただくと、政治家に落選する勇気がなかったのが一番いけなかったと思うんです。要するに、正論を吐かないで、票をもらうためばかりの選挙をやってくるから、こんなふうにぐじゃぐじゃになってしまうので、これは死んでも譲られんというものがなかったら本当の信頼は得られないと思うのです。
 何を言いたいかというと、もうちょっと経済成長というものに力点を置いて、ここまでいかなかったらこの政策はできない、というような、ピシーッとしていかないと、際限なく借金が膨らんできて、恐らく金利が2%3%を超してきたら、間違いなしに、今の状況ではインフレになります。民主党は言ってるじゃないですか、インフレでしか解決できない、インフレ5年すりゃ解決するんだ、インフレで解決するんだと。僕は何回か聞きましたが、こんなふうないい加減な政策でどうするんですか?
下村政策委員長
 一つは「入るを計って、出るを制す」といいますか、税収に見合った歳出をきちっとつくるというのが、後世に対する無責任でない形、ということですね。
谷川委員 赤字国債は限度を決めて、これ以上は絶対ダメだというような……。いや、赤字じゃなくて、借金です。864兆円になるというんでしょ。
下村政策委員長 松野先生が前回ご指摘の社会保障、あるいは教育を含め、逆に、その分、財源を確保する。税収をきちっと、その根拠を明確にして、社会保障や教育については、安心して暮らせるような条件整備をする。そういう問題提起だったのではないかと思いますが。
松野博一委員
 日本型の保守とは何かという議論をするときに、欧米の場合は保守政治イコール「自助努力」と「小さい政府」というセットになっているわけですが、日本の保守主義は市場経済重視だけとか、「自助努力」と「小さい政府」とが必ずしもセットになっていないのではないかというのが前回に言った趣旨で、もう1回、イデオロギー的なものと経済成長戦略や社会保障政策の、日本型は、どういう整合性があればいいのか、という議論をした方がいいのではないかと思います。
 もう一つは、前回に発言しなかったのですが、「小泉改革」を否定してしまうと今までの流れが成り立たないと思うんです。政治の役割は、いかに国民を効率的に社会参加させるか、ということだと思うので、その面においては「小泉改革」で規制緩和し、自由化することによって多くの企業や国民の社会参加が可能になった。これは肯定的に捉えなければいけないと思うのです。
 もう一つは、国民が効率的に社会参加をするために、例えば教育の部門であったり、医療政策であったり、そういうこともセットでやって初めて効率的な社会参加が実現できるので、その2本立てでやったらどうかなと思います。
 もう一つ、ここのところ危惧していることは、「立党の精神に帰れ」といった議論が多いわけです。それは本質的な議論で、反対ではないのです。しかし、それが懐古主義的に響いて、逆に……。谷川先生の話と矛盾するかもしれないですが、あまりこっちの方からターゲットを狭めてしまうような主張は、政権奪回の戦略として、どうなのか。強い主張があり、それで引っぱっていけばいいという考えもあると思いますが、一方で、自民党の錦の御旗についてこられない奴は、というような態度は取るべきではないんじゃないかなと思います。
 もしかしたら表現の方法の問題かもしれませんが、家族の問題にしても、地域の問題にしても、今風にアレンジして、それを大事にし、その絆を強めることによって「あなたの生活はこのように向上するんですよ」とか「このように保障されるんですよ」というような表現を取った方がいいんじゃないかなと思います。
下村政策委員長
 ちょっと確認ですが、「立党の精神に戻れ」というのは、懐古主義的にとらわれるということであればそうかもしれませんが、必ずしもターゲットを絞るということではなくて、そういう原点的な思いをきちっと持て、という意味で言っているのではないでしょうか。
松野委員
 いや、本質論的に反対ではないのですが、響きとして、あまり右バネが利きすぎているようなイメージに取られるのは得じゃないんじゃないかなと。内容に反対じゃないんです。
下村政策委員長
 なるほど。ちょっと整理しますと、前回議論されなかったこととして、保守主義といいますか。今の民主党政権の社会主義政策的な部分の対極としてどうするかということで、それは「保守主義的な」という言い方をしているのですが、それについてはいろいろな解釈なり、各議員によって考え方、思いの違いがあるので、それをできるだけまとめようということです。その大きな柱の一つとして、前回に議論されなかったものとして、今日は天皇陛下御即位20年の記念行事が沢山ありますけれども、皇室のあり方ですね。皇室典範を含めて、天皇制のあり方について、どうなのかということ。男系男子等ですね。これをきちっと位置づけるというのも大きなテーマだと思います。
 それから外交防衛政策ですね。民主党が今ある意味で迷走している中で、明確な外交防衛政策を保守主義的な立場からどう考えるか、ということも前回議論としては出てこなかったと思います。
 そういう意味では、イデオロギー的な部分だけでなくて、広い意味で、いろいろなところの議論をしていく必要があります。また、松野先生からお話がありましたように、そもそも「小泉構造改革」をどう評価するか、という総括もやはりきちっとしておく必要があるのではないかと思います。
西田昌司政策副委員長
 それぞれ、先生方おっしゃったことは、もっともなところがあります。まず保守という話で言いますと、国柄というか。これは一言で言えないんですね。日本とはどういう国であったのかと思う心の中に国柄というのが出てくるわけでありますから、一つの言葉で、これだ、ということは決めつけられませんが、まず、そういうことを慮るという気持ちを大切にし、その中からまたいろいろなものが出てくると思います。
 そういう考え方からしますと、現在の問題は、戦争が終わって、国柄自体が否定されたところから始まっているという現実を、まず我々は認識しなければならないと思うんです。ですから、憲法の与えている価値観ですね。あの中には「家族」ということが一言もないわけです。男と女ということはあっても「家族」という発想が全くないわけで、その中から日本の伝統文化を守るなんていうものは、ほとんど生まれてこない。むしろ個人をバラバラにし、その中で権利と義務だけを規定するということですから、法律論としてはそういうことかもしれないけれど、価値観が空疎になっているわけで、そこのところも含めた議論が必要だと私は思っております。
 そういう面からいきますと、まず価値観の問題、それから分断されているという問題、もう一つ、安全保障面においては、まさに自分で自分の国を守っていく、自立自存ということが、はなから否定され……。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文に代表されるように、自分で自分の国を守っていこうということが初めから否定された。そういう前提に立っていますので、やはりそれを大前提として考えていかなければならないと思うのです。
 しかし、戦争が終わって占領された、その延長線上で現実の政治が始まっていますから、日米安保体制も含め、今まで自民党が政権政党であったわけですから、それを完全否定ということはやはりできない。その引きずりがあったわけですから、当然それを大前提とする政策が出てくる。けれども、私はあえて「せっかく野党になった」と言いたいのです。せっかく野党になったわけですから……。
 民主党が言っていますのは、日本とアメリカとは対等の関係じゃないかと。従属関係じゃないと言うわけですね。全く正しいと私は思うのですよ。正しいのだけれども、そのためには自分で自分の国を守るという、そういう仕組みが完全に担保されていないうちからそれを全面に押し出しても現実問題、できないわけですから、彼らの言うことは現実離れしていることも事実です。しかし今、我々は野党でありますから、要は民主党さん、そこまで言うなら、自主防衛の話も議論しましょう、核も含めて議論しようじゃないですか、という切り込みでいかないと、自民党が政権を取り返しても、結局は同じことになってしまうのではないか。
 私が言いたいのは、要するに民主党政権は、ある意味で言ったら、もともと自民党の方がほとんどトップにおられるわけですから、自民党政治の延長線上のことをやっている。そして経済政策も小泉時代の延長線上のことをやっていると思っております。ですから、そこのために、一つは、立党の精神という話も松野先生はおっしゃいましたが、要するに歴史が分断された上の、おかしな、ちぐはぐな状態は、我々がやってきたという反省の下に、せっかく野党になったのだから、それをまず見直す。それから構造改革も、もちろん見直さなければなりませんが、一番見直さなければならないのは、そういう歴史観の問題。
 と同時に、もう一つ、非常に気になっているのが、いわゆる少子化の問題。少子化して経済成長率がどんどん落ちてくる。これは悪いことのように世間では言われるのですが、果たしてそうなのか。逆のパターンで、どんどん子供が生まれて中国のような状態に今の日本が仮になっていたとしたら、どういう事態が起こるかというと、まず日本の国は人口が増えてしまって、食糧、エネルギーは自給できませんから、必然的にパンクするということじゃないでしょうか。日本の人口がある程度均衡化してくるという意味で考えると致命的な問題ではない。むしろ世代間の負担の問題があります。急激な高齢化ということ自体は財政的な問題があるけれど、日本全体にとってはむしろプラス要因として考えておくべきだと思います。
 そう考えると、これから日本は高度成長しないのですから、経済成長路線だけでやって民の方にお金を回していくというやり方をしますと、間違いなく、お金は海外に流出するんですね。経済成長の高い方に必ず行きますから。いわゆる構造改革路線の決定的な間違いであったのではないのか。つまり日本の経済がどんどん空洞化に拍車をかけてしまう。むしろここは税率、国民負担率を上げて、国が責任を持って徴収した財を、いかに国内で再投資し遣っていくか。それも公共的な活動、いわゆる道路とかそういうことだけでなく、医療も農業もそうでありましょう。要するに、それぞれ地域地域で暮らしを支えるための公的な仕組みが必要です。そこに再投資していく仕組みを我々が打ち出していく。そういう形が、ある意味で日本の国柄というもの、つまり競争型の社会というだけでなく、皆が出し合ったお金で支え合っていく。まさに「日本型の保守」ということにも通じてくると思います。
 多岐にわたってしまいましたが、今まで一方的に経済成長とか少子化とか言われていたそこが果たしてどうなったのか、ということも含めた議論を是非お願いしたいと思っております。
下村政策委員長
 ちょっと確認です。今の議論は大切なことですね。つまり、残念ながらというか、今のお話ですと、野党になったわけですから、逆に、野党になったという視点から、もう一度、今までの延長線上でなく、原理原則に戻って、あるべきこの国のかたちといいますか、あるべき保守政党としてのかたちというのを考えていかないと、民主党政権に代わる政権は何なのか、ということが見えてこない部分がある。だから、今まで自民党が取ってきた政策との整合性ではなくて、まさに、あるべき原理原則から、ここは議論していった方が、より将来における明確な旗が見えてくるということは事実だと思いますし、そういう視点がやはり必要ではないかなと思うんですね。そういう部分から経済成長という構造改革路線をどう評価するか。
 少子化は少子化で重要なことですが、短期的に見ると世代間の負担の問題がある中で、長期的に見ると、少子化をよしとする、少子化は少子化でいいじゃないかと。つまり将来日本の人口が減っても、べつに悲観ではないんじゃないかと。そういうご視点ですね。
 その論点と、人口が減るということは活力がなくなるから、一方で外国人労働者をどんどん入れることによって、少子化も含め、食い止めるという考え方もあり、これはこれで重要なテーマでもあると思いますが、そういうふうなお話だったと思います。
谷川委員
 私は構造改革を批判するように取られているのですが、小泉構造改革を極端に言うと、極論すれば、日本列島の人間を全部、東京に移して、1000階建てのマンションに住まわせると。そういうふうな発想で、何をやったか考えてください。町村合併をさせた。地方交付税を切った。公共事業を切った。そのことによって地方に住めなくなった。ここを言っているんです。
 そういう発想じゃなくて、予算の中で一番カネを遣っているのは何ですか?社会保障費でしょう。その社会保障費を、もっと効率よくやる方法はないんですか。例えば自治会単位で、元気な老人が弱い老人を見る。こういう発想に切り替わったのが構造改革なんですよ。そうすると特養とか老人ホーム、そういうのをガラッと変えるのが構造改革でしょう。ほんとは一番カネのかかる社会保障費を、どんといくべきだったと私は思うんです。もっと効率よく、もっと安くする方法はないのか。それを全部、役人に任せるから……。自民党の欠点はそこですよね。農林関係でも厚生関係でも全部、役人に任せるじゃないですか。要するに役人が情報収集して政策を考え、自民党はそれをチェックするというような考え方でしょう。
 そうじゃなくて自民党議員が現場の団地に行って、この団地にはどういう問題がある、どのように困っている、解決する方法としては、こんな方法でどうかと。学者の皆さん、もっといい方法はないですか。こういうふうに変わるのが構造改革でしょう。そういうのを小泉構造改革というのはやっていないもの。
 それと大事なことは、一番強いときに消費税をバッと上げるべきだったんです、本当は。嫌なら社会保障費を切らんといかん。なぜならば、ドイツは19%でしょう、日本が5%。むこうと同じ社会保障制度できるわけがないもの。ドイツ人より日本人は優秀なんですか?特別優秀ならそれでいいですよ。
しかし、オリンピックの金メダルでもノーベル賞でもドイツには負けているのだから、日本がドイツ民族より優秀ということはあり得ない。だったら、5%で、ドイツと同じ社会保障をできるわけがない。こう考えて、根本的なところへ踏み込んでいないと私は言っているんです。弱いところに、しわ寄せしている。
松野委員
 先生方の議論の中でも出てきたのですが、「自助、公助、共助」という言葉が今よく遣われます。実は、日本型社会・保守型のいいところは、共助が機能していたということだと思うんですね。それは家族であり、地域であり、共助の部分が機能しなくなったということが日本社会の一番の問題点だと思います。
 先程、あまり懐古主義的な表現はしない方がいいんじゃないかという話もしたのですが、その意味は、共助のプレイヤーが不明確なんです。自助は自分でやる。公助は公共体──国、県、市がやる。共助は一体だれがプレイヤーとしてやるんですか、という議論になったとき、そのプレイヤーがはっきりしていないので、そこに家族とか地域の機能を、もう一度、見直したらどうか、という議論をやったらいいのではないか。要するに、もともと自民党の立党の精神であり、日本社会の良さという意味と同じなのですが、その捉え方として、そういう切り口がいいのではないかなと思います。
 余談めいちゃうのですが、少子化の問題で、事務所で勉強会をやったときに塩川正十郎先生が話されたことを聞いて、あぁ、なるほどなと思ったことがあるんです。少子化の傾向は戦後一貫して続いているんですね。何をきっかけに日本が少子化の方へ向かったかというと、それは1本の法律で、優生保護法ができたとき極端に中絶率が高くなって出生率が下がり、そこで下がった分がそのままの傾向でずっと今まで来ちゃっていると。そのときの結論としては、恐らく優生保護法によって日本人の命に対する感覚がどこかでズレちゃったんじゃないかな、という議論があって、これは少子化の経済的側面とか社会保障的な側面とは違うのですが、日本人の価値観、特に命に対する価値観ということが少子化の大きな原因になっているというのは確かにあるのかもしれないなと思いました。
下村政策委員長
 ちょっと整理しますと、一つは、構造改革路線の中で、経済的あるいは行政における「小さな政府」を目指すというコンセンサスは多分いいのだろうと思うんですね。一方で社会保障──松野先生はプラス教育を入れておられましたが、年金、医療、介護、この分野においては「小さな政府」が相当──今の日本の状況から──合わなくなっている。つまり、家族あるいは地域の絆が崩壊してしまった中で、支えてくれる人がいない。ですから、ある程度、やはり公助に頼らざるを得ない部分が出てきて、社会保障においては、谷垣総裁も言われていましたが、「中福祉・中負担」という形で、社会保障における「小さな政府」は国民の理解が得られないだろうという部分で、日本型保守主義とはそれぞれの分野において国民の理解を得る中で、あるべきこの国のかたちといいますか、国民が幸せになるための政策ということが前提条件になりますから、そうすると社会保障のあり方についても、どう捉えるかという中で、「中福祉・中負担」ということであれば、国民の皆さんに負担をどうお願いするかということと同時に、「自助、共助、公助」といっても、結果的に公助の負担が多くなるということではまずいわけで、自助の部分での家族のあり方、本質的に、住宅制度を含めた、あるべき家族のあり方。共助のあり方では地域コミュニティの問題も指摘されましたが、地域の中で人が人をどう支えていくかという新たな仕組み、これはnpo的な部分から、新たなそういう組織的な部分のフォローアップなり、共助の部分をどうしていくかという中で、公助をどうするか。社会保障の問題等が出てくると思うのですが、そういう問題提起があって、それぞれ議論していく必要があるのではないかと思います。
北村茂男委員
 松野先生の言われた「自助、公助、共助」という中で、私もかねがねそう思っているのですが、いわゆる共助の部分は誰がプレイするのか。プレイヤーの存在が分からなくなっているというお話でありました。まさしく、いわゆる「共助」に対する価値観の共有、その部分をもう一度、国民の間に取り戻さなければいけないのですが、では、どうやって取り戻すのか。今「価値観の多様化」という言葉で表されていますが、もう一度、国民の間に、お互いに助け合って生きるということに対する価値観を──単なる価値観の多様化ではなく、一つの物差をしっかり、国民としての合意づくりをしていくことが大事なのではないか。従って、戦後一貫して社会主義的教育が行われてきたという経緯から、もう一度、教育による新たな認識を──国民が共有できるようなものを作り上げていくことが今、必要なのではないか。そのためには、単なる学習・知識の教育だけではなく、人間として、日本人としての、最低限の共有できる人生観を、もう一度つくり上げていく必要があるのではないかと思います。
谷川委員
 私は、自民党が負けた大きな理由として、公共事業のカットと、それから地方交付税のカットとか町村合併とかにあるので、そのお金を、どこか他のところで生み出したい。それは、莫大なカネを遣う社会保障費しかないんだと。社会保障で一番カネを遣っているのが年金であり介護なんだと。ここを考えるときに、余ったエネルギーで何か……。  
今、ゲートボールなんです。ものすごいエネルギーを使っていますよ、日本全国で。ゲートボールに使うエネルギーを地域の中で介護とか、そういうことに……。お金を若干やって、ゲートボールの喜びを介護の喜びに、周りの弱い老人を助けるのに持っていけないかな。そのためには、5万円から10万円、1人にやれば、ゲートボールじゃなくて、こっちに来るのではないか。そうすると老人ホームに行くんじゃなくて、団地の中の空き家とか公民館で、程度によって、例えば大きな風呂場をつくったりして、何かやりようがあると私は思っているのです。
そういう根本的な発想になるためには、役人に依存しすぎている政策を、我々国会議員に戻せと。本気でやったらできますよ。公共事業とか地方交付税をカットするんじゃなくて、その財源を社会保障費から生み出せないかと。
西田副委員長
 先ほど私が申し上げたことに、ちょっと追加させていただきたいのですが、家族の絆とか地域の絆というのを否定される方はいないわけで、これが自民党にとりましても一番大事です。
しかし、それが守られるのではなく破壊される仕組みを戦後つくってしまった。そこが何なのかということをまず考えていきますと、結局は、どんどん経済成長していく中で都市に集中投資をして、都市に人が集まる仕組みであったわけですね。人口が増大する社会のときには、東京も大きくなり地方も大きくなる。ですから東京が大きくなってくれれば、その経済力が地方にも回る。こういうことだったと思うのです。
今は人口が減るということですから、東京に増えると地方は減るんですね。必然的にそうなるわけなんです。それをどう調整するかというと、方法は一つしかなくて、自民党が今までやってきた過疎対策はもちろん必要なのですが、片方で、東京に人が集まる仕組みを放置しておけば必然的に無駄になる。いくら過疎対策をやってもそれが使われず、東京に人が吸収されて終わってしまうことになるので、実は都市部に人が集中しすぎない仕組みを作っておく必要があったと思うのです。
それは何かというと、一番分かりやすく言えば都市計画ですが、これは各地方に都市計画の権限を与えるのでなく、国が管理しなければならないと思います。国が管理することによって首都圏のいわゆる容積率を下げるべきなんですね。それを下げることによって東京に人が来れません。来れない分は当然、地方に残らなければならないわけです、必然的に。
 これを言うと、下村先生も東京選出ですから、東京の方は「何を言うんだ」とおっしゃるかもしれないけど、そのことよって、実は東京にプラスになるんですよ。なぜプラスになるか。圧倒的に人が集中して社会施設が出来上がっているところへ屋上屋を重ねないといけないという、これはまさに他の地域から見たら完全な過剰投資をしているわけです。 
その結果、大災害があったときには甚大な被害が出てくる。これは避けられないと思います。そのことを避けるためにも東京に対する──東京をやり玉に挙げたいと言っているわけではなくて、要するに、都市部に集中する仕組みを国がもう少し管理できないかと。そうすると地方に回さなければならない。地方に回していくときには、それと同時に──農業もそうですから──農業とか、地域で必ず人が生活できる仕組みを担保するために、やはり投資をしていく。そうすることによって、お金が国内でくるくる循環しだすんですね。東京に集中投資したお金は海外に流れていくわけです。
 要するに、ヨーロッパがそうだと私は思うのですが、ヨーロッパに行きますと、日本のような高層ビル群が果てしなく続いているような街はどこにもない。都市があると、その周りに田園があり、そしてまた都市があるというように……。むしろ田園がずっと美しく続いているのがヨーロッパであって、それを見すぼらしいという人間は誰も、たぶん日本にもいない。むしろ日本人はヨーロッパの美しさとか、ゆっくりした暮らし向きというものに憧れている筈なんですね。本来、日本の社会は、人口構造も含めて、そうなりつつあるし、もっと言えば、お金があるわけです。日本は借金が多いと言われていますが、債権国か債務国かというと、間違いなく債権国であるわけです。私が一番言いたいのは、債権国が少子化になるということは、1人の相続人に対して、親と祖父の家とか全部を相続するわけです。つまり、残った子供は非常に得なんです。これが債務国でしたら1人で借金を背負わなければなりませんから大変ですが、日本は全体で言えば債権国ですから、少子化は基本的に、そういう意味で言うと大問題になり得ない。極端に、零になってしまったらどうするんだ、相続人がいないじゃないか、という話になりますがね。
 そう考えてくると、もう一度、国全体で、東京一極集中を止めることもそうですし、その影響で、地方に住んでもらえと。もちろん東京でもいいのですが、一番大事なのは住み続けられるかという話なんです。首都圏で何代にもわたって住んでおられて……。新しく地方から出て来られた、その方が子供を育てて、その子供がまたそこで地域社会を守って、という形に果たしてなり得ているのか。もちろん下町でなり得ているところも沢山あると思いますが、逆に、そうでない地域が圧倒的に多いのではないか。
そう考えると、人口がいくら多くても地域を支える仕組みにならないわけです。何代にもわたって暮らしてもらおうと思うと、結局、そこに職業がセットになりますからね。農業とか、官の出している仕事も、これは大きい仕事でありますが、そこにもう一度、それぞれ地域で再投資をして、そこに住んでいただく。そうすると東京の方も人がどんどん集まって、ふるさとを持たない人がくるくる回ってもらうよりも、非常に安定する。東京もいいし、災害にも強いし、日本全体がプラスだと。三方よし、という形になってくると私は思うので、是非そういう発想の転換をもって議論していただきたいな、したいなと思っております。
下村政策委員長
 ちょっと議論が拡散しつつあるので整理しますと、原理原則は民主党政権に代わる明確な旗をどう打ち出していくか、ということの中で、保守主義というイデオロギー的・思想的な部分のアプローチとか、社会保障制度における、基本的には、自助、共助、公助の中での、まず自助のあり方。その中で家族のあり方とかいうのが議論されましたが、基本的にそういうことを中心とした議論をしていきたいと思います。ただ、今のご指摘はやはり地方が衰退化しているから、地方を活性化していくためにどうしたらいいかということの中での議論の一つでもあるというふうに捉えたいと思います。
末松信介委員
 下村委員長は、「真・保守政策研究会」とかつくっておられますね。真・保守主義とか真の保守性というのですが、私の地元・兵庫県では県会議員とか党員でも、真の保守ということについてアレルギーが強いですね。なぜかというと、結局、保守イコール守旧と捉えるという、べつに保守が改革を言ってもいいのですけれど、本来、我々が考えても、「保守」に対立するのは、革新的な意味での「革新」ですよね。これに対する言葉の誤解というのが大きくなってきて、そういう古めかしいものであるという認識になってしまっている。そのときに我々、必ず言うのは、自由民主党の「保守」とは、あくまで伝統文化というのを基本に政策を打ち出していく、日本のよさというのを考えていく。それが起点であると言うのですが、ここに対する説明が十分なされにくくなっている。民主党の中も、横路さん小沢さんを取り込むようなところですから、液状化が進んでいますね。もう変幻自在、どんなことでも彼らは言い出すということですから、ここできちっと論理の確立をやらないと、党員も、また地元の議員も、分からなくなってきているという、このことをもう一度、我々は見直さなければならないと、そのように認識しております。
 公助、自助、共助については我々、分けることに大賛成です。私の所は阪神・淡路大震災害がありましたので、大きな反省に立って、極端に言えば、自助、公助、共助とあるのですが、公助は被災者生活再建支援法で、家を立て替えたら大規模半壊以上は300万円、どんなにカネつかってもいいということで、2007年に法律改正しました。自助は自分で民間の損害保険に入る。共助は、フェニックス共済(兵庫県住宅再建共済制度)ということで、年間5000円を払えば、家が潰れてしまって建て替えた場合には500万円を支払うと。財源が不足したら起債を発行できるようにする。自助、公助、共助はそういう形できちっと機能しております。そういう面では、成熟化社会の中で、お互い困ったときには助け合うという仕組みをきちっと作っておくことが大事だなと。このことは認識しております。
 もう一つ、震災のときの大きな反省として……。日本人は優しいですから、困った人に手を差し伸べようとするんです。でも、結局、あの災害があったときに全国からのボランティアをきちっと整理できなかったんですね。きちっと整理できなかったことに対する反省が一つあって、地域の絆という点で「参画と共同」というものを基本理念に掲げたわけです。このことがありました。
 それと、社会がこれだけ複雑化してきますと、いい団体とエセ団体があるわけですから、団体を全部登録してもらって、どういう人がどういう活動しているか、きちっと見極められるように、隣りの方が何をやっているか分かるような、そういうことを整理できるようにしましょうということで、「登録型」というのをやりました。
 そして三つ目は、なぜこんなことをやったかというと、あらゆるサービスを税金でやるということが、もうできにくくなってきたということを、きちっと県民に知らしめにゃいかんと。川のゴミ掃除まで土木事務所にやれということじゃなくて、やはりみんなが川へ入って日曜日は清掃する。全ての行政サービスを税金でやることが難しくなってきたということを、やはり我々は知っていくということが大事かなと思います。
 今度の参議院選挙のとき個人的に自分がやりたいことは……。ドイツは徴兵制がありますが、徴兵を拒否したら、介助施設──病院とか老人ホームで労働することによって兵役を免除されるということがあると思うのですが、私はやはり、大学を卒業するまでに1年間ぐらいは、きちっと社会に奉仕するというプログラムを盛り込むべきであると。それによって日本人の良さというものをもう一度、考えていって、人に対する思いやりというものを考えていくことが大事かなと。こういうことを個人的には思っていまして、自分なりの政策に入れようということを考えています。
 東京一極集中の話もありましたが、依存型社会から少しは脱却していくことが大事かなと思うのですが、一番申し上げたかったことは、真の保守という、保守についての、言葉に対しての理解が、分からなくなってきている世代が多いから、自民党への支持も落ちています。
下村政策委員長
 ちょっと確認ですが、要するに、「保守」という言葉自体が守旧派的な、少なくともプラス・イメージではないから、保守主義を掲げても、かえって自民党そのものがパワーダウンして小さくなってしまうのではないかということを含めて、最初に松野先生が言っていたのですが、立党の精神に戻るというのも恐らくそういうニュアンス的なことでマイナス的に取る人もいるから、それをそうじゃない、つまり民主党社会主義政権に代わる旗は何なのか、その旗についてプラス・イメージで国民が取るような言葉をどうきちっと打ち出すか、ということがポイントだと思いますね。
若林正俊委員
 お互いに、いろいろな政策を展開するにあたって、基本になるという意味で、お話の出ている「保守とは何か」ということを国民の皆さんにも分かるような形で、しっかりと整理する。私自身も、物の言い方、難しいんですね。誰が言ったか知りませんが「保守とは革新することである」という言葉があります。保守とは守旧でなく、革新を進めていくものだ。そういうことを取り込んだ形で、しっかりとした理念、概念の整理が必要だし、いろいろな人の話を聞くということは大事だと思います。
 自助、共助、公助の話で、共助の部分はどういうことを指しているのか、しっかり整理する必要があるということについては、私も同感です。ただ、今日、そうだなと一番共有できるのは、西田先生が言った少子化の問題だと思います。少子化と高齢化とは、いつも対で物を言っていますが、違うものだと。私はかねてそう考えておりました。
 私が国土行政に関わっていたとき、いわゆる一極集中の排除、地方分散、その次に定住圏構想というのを打ち出しました。あのとき議論していたのは、西田先生が意識したものとかなり似通っていたと思います。星野君というのがリーダーシップを取って、彼はniraに行きましたが、パイはどこまで大きくなっていくのかということが前提にあるんですね、概念として。成長率だと。ストックが上手く利用されない。フローだけで、どんどんと膨らんでいく。しかし、膨らんでいくスピードも、あるいは限界も当然、人間社会、国家社会の中では出てくる筈なので、そのときにはやはりストックを有効に使うということ。それと人間らしく生きるということを考えれば、やはり地方でちゃんと定住できるような──もちろん過疎も含めて。皆そのまま住んでいるという概念ではないのですが、どういう形で定住していったらいいのか。それは、やはり少子化が不幸なことなので、もっともっと産まなきゃいけないんだといった政治スローガンは無理がある。こういう前提だったんですね。それがいつの間にかすっ飛んでしまったように思うのです。
 ですから、保守とは何か、あるいは共助の中身をもっと分解していく。そういうことの基礎にあるのはやはり人口政策といいますか、人口をどう見るか、ということをきちっとお互いに共有しておかないと、その上に組み立てる社会とか経済というのは、いくら議論しても根っこがあやふやになるんじゃないかなという思いがあります。ここはかなり議論のあるところだけれど、しっかり整理する必要がある。
 もう一つは、「大きい政府」「小さい政府」といったときに、公的サービスのことを言っているのか、あるいは行政機関のことを言っているのか。中央政府のことを言っているのか、地方政府も含めて言っているのか。そのへんも曖昧なまま「大きい政府」「小さい政府」ということを我々は、概念を明確にしないで遣っているのではないかという気がするんですね。
 いろいろな問題を出すと拡散しちゃうのですが、今までの議論の他に、少子化は悪いことなのか。少子化をどう評価するか。「大きい政府」「小さい政府」といったときに行政サービスを意味しているのか。そうでないというのであれば、行政そのものを意味しているのか。その場合の行政とは何を捉えているのか。といったことをしっかりしておいて、上の構造物をつくっていくということが必要ではないかなという印象を持ちました。
山谷えり子委員
 昔エドモンド・バークという方が「保守とは、ずっとこれまで生きてきた方たちの1票も含めて、今を生きている私たちの1票だという思いがあるかどうかだ」というようなことをおっしゃられました。アレクサンドル・ソルジェニーツインという反共・反スターリンの方が西側の退廃として、幸福追求権を求める余りに、政府は人間に奉仕すべきものだという考え方が強くなりすぎて、福祉至上主義、ばらまきによって、全ての家族や会社自体も崩壊させられていってしまうということではないかとか、法律さえ守ればいいじゃないかと言いながら法律すれすれ、あるいは抜け穴を探すような法律万能主義、それから自由の乱用で物質主義的なものが多くなって、人間より上位のものに対して人間の自主性を尊重するあまりに傲慢になっているのではないかというようなことを指摘され、実はソルジェニーツインが82年に来日したとき、「日本には欧米にはない自己抑制力がある。個人よりも家族を中心としている。民族的伝統を保持して、道徳をも美的意識で考える、稀有な国ではないか」と言ってくれたのですが、稀有な国でなくなりつつあることを寂しく思っております。
 自助、共助、公助のバランスの見直しということをきちんと考えないと……。今の民主党政権はやはり社会主義的あるいは階級対立的に物事を考えるので、国家は人民・人々を抑圧する、会社は労働者を抑圧する、結婚とは男による女の抑圧だということで戸籍廃止まで考えていくような思考を持っている政党でございます。
 こうしたときに、最も弱い1人1人が守られないし、絆は断ち切られていきますし、民主主義の質の保証というものが全くできなくなっていくのではないかと思っております。あくまでやはり道議の国であるこの日本、人々の連帯によって、節度と品位と調和と献身によって歴史が紡がれてきたということを、どういう言葉で打ち出すのか。そのキー・ワードさえ見つかれば、自民党はもう一度、信頼を取り戻して、勝てるんじゃないかと思っております。
 昭和天皇様が敗戦の翌年のお正月に、(昭和21年の歌会始)御製、大御歌「降り積もる深雪に耐えて色変えぬ松ぞ雄々しき人もかくあれ(ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松そをゝしき人もかくあれ)」と詠われたんですね。福沢諭吉の『学問ノススメ』では、1人1人の学ぶこと、自立心に訴えて、「独立の気力なき者は、国を思ふこと深切ならず」と。私たちは今、あまりにも「国思ふこと深切なる」という当たり前の大前提を忘れた国家になり、そしてばらまいて、あっちよりもこっちが少ない、もっと寄こせというような、とんでもない質の低い民主主義国家に成り下がろうとしている。そこを、日本というのはもともと、ほんとに大きな家族で、民主的に和やかにやってきた国じゃないかと。歴史を思い起こそう、というようなことを皆で強く訴えていくことが必要だと思います。
具体的には、家族をばらばらにするような税制と方策を出していく民主党に対して、自民党はきちんと家族を守る税制を作ったり、諸施策を対案としてぶつけていかないと共感が得られないのではないかなと思っております。
 子育ての政策についても、少子化、待機児童の問題ばかり言われておりますが、マルクス、エンゲルスなど「理想の未来の国は全女性を労働者にすることである」と育児の価値を認めないわけですね。本当ならば家族の中で育児が十分にできるような方策をとることで子供は守られる。もう少し原点に戻った議論をしながら、具体的な対案を全ての部会で作り直していくような作業が必要ではないかと思います。
 私が教育再生担当の総理補佐官をしていたとき日教組の幹部の方たちに「なぜ道徳教育に反対なさるんですか? 正直、親切、勤勉、チャレンジ精神、親孝行を教えることに、なぜ反対なさるのですか?」というと、「親孝行を教えるとザ・価値観の押しつけになって憲法違反である」とおっしゃるわけですね。つまり思想信条の自由を保障している憲法に対して、価値観を押しつけてはいけないというような、日教組はとんでもない教育の方たちではないのではないかと思っております。やはりもう1回、徳目があってこそ民主主義の質は保障されるという、この原点に戻れるようなキー・ワードを見つけることが大事だと思います。
松野委員
 さっき下村委員長の分類をお聞きして、あ、そうかと思ったことは、自助のプレイヤーに家族を入れられたんですね。僕の感覚だと、もはや家族は共助のプレイヤーじゃないか。恐らく今、一般的日本人だと、自助とは主体である個人であって、家族はどちらかというと自助の分類でなく共助のプレイヤーとして認知されているんじゃないかなと思ったので、これはどっちが正しいという議論でなくて、新鮮でした。家族が自助に入るという。
 もう一つは、日本の保守主義に関する議論の、最も大きな欠点だと僕が思っているのは、山谷先生の最後のご指摘にもあったのですが、目標と理想論は示すけれど、それに向かう具体論、手法論を示さないんですね。だからやはり、これから「保守とは」という議論をして、「日本のあるべき姿」を議論するというのは、自助、共助、公助のそれぞれのプレイヤーを明確にし、それをどうサポートするかというシステムをきちっと議論していく、というふうに議論を展開しないと、今までの保守主義議論の繰り返しだと、こうあるべきだという議論が続いて、結局、前に進まないことになると思います。ぜひ具体的手法論まで落とし込んだ議論をやっていただきたいと思います。
下村政策委員長
 時間になりましたので、まとめたいのですが、具体的には、今後の戦略としては、山谷先生が言われたキー・ワードを使えば「家族」ですよね。例えば夫婦別姓の問題とか外国人参政権の問題も含め、核たる家族をどうしていくのかという視点から、地域があって国があると。国とは何なのか、という部分から、今後、民主党がある意味で国家解体につながっていくような政策を次々と打ち出してくる中で、部会対応だけでなく、きちっとした、その背景となる理論体系というか、思想体系をしっかり我々が持っておかないと、個人戦で、国会論戦しても、感情論だけでは、なかなか国民の理解を得られない部分がありますから、体系的な思想を共有していく必要があると思います。
 ただ、議論していると、いろいろなテーマがたくさん出てきて拡散してくるので、松野先生のお話のように、テーマを絞って、それぞれについて内外の講師に30分ぐらい話してもらって、残り30分を質疑応答という形で、一つ一つテーマに沿ってやっていかないと、いつまでもそれぞれの話を繰り返し繰り返し──ちょっと言い方を変えるにしても、論点が深まりそうで、なかなか深まらないという部分があると思うので、そろそろテーマを設けて、講師を読んで、講師の下で話をしていくということにしていきたいと思うのですが、これは内外の講師──清和研の先生方の中から、あるいは外部から、一つ一つテーマを決めてやっていきたいと思います。
松野委員
 まず、共助ということに関して、もう1回、皆さんで話し合って……。今まで自助と公助という議論は随分あったと思うので、共助とは何かということを話し合っていくと。地域の果たすべき機能であったり、さっき「家族」はどっちの分野かというのがありましたけど、家族の果たしてきた機能、かつて果たしていた機能、その部分のどれが今、欠落してしまったのかとか。そのことによって保守とは何かとか、保守を何か別のキー・ワードに言い換えるときに、どんな言葉があるかという議論が深まってくるんじゃないかと思いますね。その分野の講師として、どなたというイメージはいま浮かばないのですが。
西田副委員長
 個別にやるのはもちろん賛成なのですが、一番大きな問題は、構造改革の話も含めて、要するに戦後の日本はどういう状況でなってきたのかと。大枠の共通認識がないと、個別論が結局、目先の話になってしまって、大きな全体像が見えなくなってくると私は思うのです。ですから、個別の話はもちろん大事なのですが、まず全体の話をズバッと言っていただける形で講師をやっていただくのが一番いいのではないか。その上で、私が思うのは、家族とか、さっきの保守も、結局は、保守するための改革ということで、改革を手段とするんですけど、目的が保守なんだと。国柄を保守するために改革していくわけで、べつに改革を否定するものじゃありませんが、その中で、守るべきものは何かと言えば、やはり家族とふるさと、その延長線上にある国だ、というふうに僕は思うのです。
 ですから、まず全体像を話していただける方が、ビシッとそこを押さえていただかないと……。その上で、やっていただくのが一番いいのではないか。その講師は、評論家の西部邁先生とか京大の佐伯啓思教授がいいと僕は思います。そういう全体像を語れるのは、そのお二人ぐらいしかおられないんじゃないかのかなと思います。
下村政策委員長
 分かりました。本日はこれにて閉会といたします。


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