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政策委員会 第13回


自民党が立てるべき旗とは何か
講師 日本政策研究センター 伊藤哲夫代表

平成22年3月24日
下村博文政策委員長
 本日はお手元に配布をされていると思いますが、日本政策研究センター代表の伊藤哲夫さんに、「自民党が立てるべき旗とは何か」というテーマでお話をしていただきたいと思っております。
 日本政策研究センターは、保守主義を基盤に置く政策シンクタンクで、月刊誌『明日への選択』を、この厳しい状況にもかかわらず毎月出しておられます。だいたい保守主義の学者や文化人で、この本を知らない人はいませんし、読んでおられるという、たいへんに影響力のある方でございます。そういうお立場から、これから、今、自民党の支持率が上らない、民主党政権があれだけガタガタしている、内閣支持率や、あるいは民主党の支持が下がっているにもかかわらず自民党の支持が上らない。それは自民党が国民にきっちりと民主党政権に代わる保守の旗、新たな旗を提示しきれてないために、見えない部分が多いのではないかということで、今日はそういう視点から、今までの経験を踏まえまして、お話をしていただきたいと思います。それでは伊藤先生、よろしくお願いいたします。

伊藤哲夫講師
 皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました伊藤哲夫です。
 今ご紹介いただきましたけれども、私ども政策センターでは、昨年、選挙の前に、「それでも民主党ですか」という、こういうパンフレットをつくりまして、かなりの部数配布しまして、とにかく民主党による政権交代というものは恐ろしいことなんだということを運動したわけですが、残念ながらわれわれの力は微々たるものでございまして、ご存じのような結果にもなってしまいました。まさにそこで、われわれが指摘したのと同じような流れになっておるわけでございまして、今日はそういう現実を踏まえて、それではこれから自民党はどう反撃していくべきかということでお話をさせていただきたいと思います。
 ちょっとメモみたいなものを準備させていただきましたが、これ全部やっているととても与えられた時間ではまとめきれませんので、ポイント、ポイントをとらえつつちょっとお話をさせていただきたいと思います。
 まず、民主党が今度の選挙で勝利したということですが、私は、ちょっと象徴的な言い方をしますと、政権交代という民主党の「物語」が国民に受け入れられたということだと思うのです。「政権交代」と題したこのマニフェストですが、これ、内容の是非を別とすればなかなかよくできておりまして、要するに今の自民党政権ではもう行き詰まっているんだと。そして無駄も多い。それを削減することができない。官僚の言いなりであると。そういうもろもろの言葉をつなげて、だから政権交代は必要なんだと。政権交代するとこんなに日本はよくなるんだと。そういう物語を、ここで実に刺激的に示したわけです。私は、このマニフェストの勝利ということと同時に、それを一つの物語にしたと。政権交代という物語にしたというところがポイントだと思うんです。何でも政治っていうのはやっぱり物語でなくちゃならんと思っております。
 それに対抗し得る物語を自民党は持たなかったということなんです。「日本を守る、責任力」ということで自民党はマニフェストを出したわけでありますけれども、正直言って、かかわった方がおられたら申し訳ないけれども、これ読みますと、全く訴えてくるものがない。確かに、一つ一つの掲げておられることは間違いではないんでしょうけれども、要するに自民党はこれから日本をどうするんだ、というストーリーが全然見えてこないということですね。これではやはり国民の心をとらえられないのではないかという感じがするわけです。
 私は、そういう中で、この民主党の物語っていうのはこれは詐欺みたいなもんなんだということを当時言って回ったわけですが、ちょっとそこのところを少し説明させていただきますと、要するに、一言で言ってしまうと、国家を家にたとえれば、土台の安定、構造の強度を無視した悪徳建築業者のパンフレットのごとき物語であると、そういう言い方を私はしたわけです。皆さん、家を買いにいったときに、その業者が、「この壁紙はきれいですよ」とか「この窓枠は素晴らしいですよ」とか「このエントランスはなんて素敵でしょう」みたいな話で、そんな話しかしなかったら、この業者はちょっとおかしいと思わなくちゃいけないと。まず皆さま方が建物を買うということは一生の仕事ですから、その家をまず見るときは、土台がどうなっているか、構造というものが本当に強度を持っているのかということを説明させなくてはならないし、そこをまず見せなくてはならんと。ところが、この民主党の物語にはそれがなくて、ただ上辺の見てくれのよさと生活の快適性、それだけが説かれているということです。
 しかし、例えばこういう壁紙、いかに素敵に見えても、ひょっとするとここからじわじわとホルムアルデヒドみたいなものが出てきて、長く生活していたら体がむしばまれるということもあると。要するに、民主党が言うおかしな人権思想みたいなものですよね。そういうものの中で生活したら、だんだん人間の心がむしばまれて、人間崩壊が起こるということだってあるんだと。そういうことを無視して、見てくれとか快適性だけを強調するというのは、これは詐欺師のやり方ではないかということです。
 と同時に、国家を維持するためには、いいことばっかりではなくて、国民が努力をしなくてはならないわけです。その中に税金ということもあるかと思います。それを一切説かないでごまかす。そういう土台も構造もあやふやな、そういう家を買ったときに大地震や大災害がやってきたら果たしてどうなるんですかと、こう問わなくてはならないんだということです。これに民主党は実は答えられることを何も示していない。この物語にはそれがないんだということでございます。
 私は、「責任力」という言葉の中に、そういうことを自民党は強調したかったんだと思いますけれども、これではたぶんメッセージは伝わらなかったと思います。国家は、強度不足の欠陥住宅ではあってはならないと、そういう主張を展開するとしたら、しからば土台の安定性とは、構造の強度とはなんぞやということになるわけです。家が建つ土台の安定性とは、国家について言えば、これは土台というか地盤の問題なのかもしれませんが、いわゆる歴史、伝統に深く根ざす「安定した社会」というものがまずベースになくてはならない。またそれが維持されなくてはならない。よその国みたいに民族問題が起こったり、階級対立の紛争が起こったり、それこそ中国みたいに人権が認められないで、検閲を常にやってなくちゃならんというような社会では、これはとてもじゃないけど強固な家は建たんのだということですね。そういう社会をまずわれわれは守ってきたし、これからもつくっていくんだと、そういう社会が必要なんだという主張です。
 土台をつくるには深く深く掘らにゃならんわけです。深く深く掘るということは、深く深く歴史に根ざすということでありまして、歴史を無視して安定した社会はあり得ない。人工的につくられた社会なんていうのはもろいものだと、こういうことだと思うんです。
 それから、国民生活基盤が安定してなくちゃならない。最近は、これが崩れてきて、これが自民党の敗北につながったとも言えるわけですが、しかし、自民党は最近の問題は別とすれば、国民の生活を安定させてきたわけです。この国民の生活が安定しなかったら、その上にいくら物語を書いても成り立たないわけです。そういう意味で、私は「揺るがない国民生活基盤」というものの強調、そして後で言うように、民主党はこれを今壊しつつあるわけです。それから、安定した「経済財政基盤」ということでありまして、国家がギリシャのようにデフォルトを起こしてしまったら、これは国民のいろいろな……国家をどうしようと言っても、そんな話は成り立たない。まずそういうベースというものをどうつくるのか、あるいはどうなっているのかという議論がベースになくてはならんだろうと。
 それから「構造の強度」ということです。しっかりした骨組みが国家になくてはならんと。それは、具体的に言えば、外交・安保体制。外交・安保がしっかり原理原則に基づいて行われていると。これがフラフラしたら、ほんとにぐらぐらする家になっちゃうわけであります。
 それから、やっぱり教育。やっぱり人材という、そういう資本によってしっかり支えられてないと、これは経済をはじめとして国家は成り立たない。その人材を育てるのは教育でございますから、教育問題というのはものすごく重要なわけですね。ところが、この教育についても、下村委員長は別として、あまり自民党のこのマニフェストでは問われていなかったという問題があります。
 それから「指導者のリーダーシップ」、これも国家の強さを示す指標になるだろうと。そしてなによりも強固な国民精神というものが存在する必要があると。
 ここで私が言いたいのは、いろいろあれこれ言いましたけれども、要するに、ここに示したことをその民主党の物語は一切スルーしているということなのです。こういう国家の基盤に関わることを一切議論しないわけです。そして、自民党のこれまでつくってきた資産の上に乗っかって、それで好き勝手なことを言ってると。これからこんなことをします、あんなことをしますということばかりを言ってると。
 もう少し具体的な例で言いますと、今度の施政方針演説で鳩山首相は「命を守りたい」と冒頭言いましたね。私、聞いてて気持ち悪くなったんですけど。その「命を守りたい」と、なんかきれいごとみたいに言うけれども、命を守るって一体どういうことかと。鳩山さんはただ命を大切にと言って問題は済むと思っているかもしれないけど、そんな簡単な話じゃないと。例えば悪質なインフルエンザがはやったとします。そうすると、お医者さんは患者の命を守るために実は自分の命をかけなくちゃならないわけですね。自らを危険にさらさないかんわけです。いや、私の命を守りたいと言って、患者の命を守らなければ恐ろしいことになる。ウイルスの研究者もそうですね。早くこの病原体を突き止めなければいかんけれども、「いや、私はそれに感染したら怖いからやりません」と言ったら、悪質インフルエンザは広がる一方であります。ですから、一言で「命を守りたい」と言うけれども、命を守るためには、命を時には捨てなくてはならんときもあるわけです。そういう困難性というものを片方に見据えながら「命を守る」って言うのならわかるけれども。ということは、命を守るためには、国家の防衛をしっかり整えなければ、国民の生命は守れないわけですが、そういうことを全く考えようともしないでいながら、ただ口先でへらへらと「命を守りたい」ということを言うというこの欺瞞。これが戦後思想の欺瞞そのものでもあると私は思っているんですけれども、要は、私に言わせると土台というものをしっかり見据えないで、上っ面のきれいごとばかりを追い求めるという、この思想構造の欠陥なんだと。これにわれわれ、日本の運命を委ねるわけにはいかないということでございます。
 さて、これが前提となりますが、じゃ自民党はこれからどうすべきかということです。自民党は保守政党であるから、これからは保守の旗を立てねばならんということが盛んに言われます。このことには私は百%賛成でございますが、しからばその保守の旗とはなんぞやということになるわけです。
 保守とは、要するに、ただ空虚な夢や未来に目を向けるだけではなくて、自らの過去を問い、自らの現実を問うという、もっとしっかりとした思考、これが保守というものなんだということです。先程言いましたように、「命を守りたい」ときれいごとを言うのは簡単だ。これはリベラルの人たちの言うことだ。しかし、命を守るって具体的にどういうことですか。時にはその命のために命をかけなければならないこともあるし、命を盾に戦わなくてはならんこともあるというふうに、もっと根源に思考をさかのぼらせるのが保守なんだと。今まで保守主義者と言われる人たちはそういう思考をしてきたんだということであります。
 それは、国家の成り立ちというものを重視する思考でもあるということでございまして、保守主義者の文献を読みますと、感ずるのは、要するに国家というものを一つの生命体としてみるのです。いわゆる人工的構造物として見るのではなくて生命体として見る。生命体であれば、そこには国家の生理というものがあって、どういうふうにして生命というものは営まれているのか、健康というものは維持されているのかという話になるわけです。
 この比較、もうちょっと言えば、われわれの体が健康だというのは免疫機能というものが非常に活発であるということなのです。この免疫機能が活発だとバイ菌が入ってきてもそれを排除する。しからば、この免疫機能を国家にたとえればどういうことになるかというと、要するに、国民の愛国心とか、道徳性の高さとか、国民の団結心だとか、歴史・伝統に対する信頼感だとか、こういう健全な精神が国民の中に強く強く生きていれば、この日本国家に変なバイ菌が入ってきても全部排除される。ところがこの免疫機能が落ちたときにバイ菌が入ってきたら一気にやられてガタガタになってしまう。とりわけ単なるバイ菌じゃなくて、この免疫機能だけを弱めるバイ菌があるわけです。これを私は左翼思想だと言うわけですが、要するに免疫機能不全に陥らせるということになると、これはもう回復不能ということになるわけです。
 保守主義者というのは、人体のみならず国家というものをこのような一つの生命体として見るわけです。そしてその生命活動が活発に行われているということはどういうことかという、その成り立ちを追究していって、そしてその生命体の生命能力を強化するのはいったい何かという考え方をすると。先程の話で言えば、であるがゆえにその国民の精神というものが大切なんだとか、歴史、文化、伝統に対する信頼というものがいかに重要であるか。これを自ら損ない始めたらこの生命力は一気に落ちてしまうと。こういうようなたとえで考えるということでございます。
 民主党は、先程の話から言えば、まさにこの、国会の免疫体を壊そうとする政策を羅列しているんだと。例えば、子ども手当をばらまいて、働くという意欲を失わせるとか、あるいは子どもが親に感謝する心をなくすと。そうですよね。「お父さん、学校に行かせてくれてありがとう」じゃなくて、「民主党さん、私を学校に行かせてくれてありがとう」みたいな話になっちゃうわけですから。ですから、これは意図してかどうかはともかくとして、そういう心をどんどん、どんどん磨滅させていくと。恐ろしいウイルスだと私は思うんです。
 そういう国家の基礎を崩し危うくするという、このことをしっかり見据えた場合、われわれが目指すべきことはどういうことか。フランシス・フクヤマという哲学者がアメリカにおりまして、『歴史の終わり』なんていう本を書いてベストセラーになりましたが、何年か前に彼が『trust』という本を書きまして、日本語で『「信」なくば立たず』という、なんかちょっと変な題ですが、そういう本として出版されました。私、早速買って読んだんですが、彼は面白いことを言ってるのです。それは日本の経済が成功した根拠はどこにあるかということです。
 それは、わかりやすく言えば戦後の社会ではないんだと。戦後の経済成長の成功の根源はいってみれば戦前の世界。彼はそこまでは言ってないんですけれども、要は、伝統的に形成された「信用社会」というものが日本にあったんだと。その上に資本主義というシステムが花咲いたんだと。世界の経済を比較研究すると、この土台となる信用社会が十分に育っていない経済は脆弱である。韓国の資本主義も中国の資本主義も、実は問題をものすごく抱えている。一時的に成功したとしても、それがサステイナブルである保証はないと。こういうことでもあるわけです。
 その信用社会というのは要は何か。一つの例を言えば組織。企業というのは組織ですね。その企業というものが組織として成り立つには組織能力というものがあるわけです。日本人の中には、やはり組織能力というものがあって、それはやはりお互い同士が信用できる、また信用を守るという、正直とかそういうものが美徳とされる長い長い歴史的伝統があるんだと。それがずーっと昔から積み重ねられてきて、そして明治の時代にそれが花咲いて、そして資本主義という形で花咲いて、戦後の復興をなし遂げて今日があるということです。
 この表面上の資本主義の姿ばっかりを見てて、その後ろにある、彼は「社会資本」という言葉を使って言うんですが、その信用社会というものを見据えようとしないのは極めて浅っぽい、浅はかな認識である。日本の強みは、表面上の資本主義のシステムであるんではなくて、その奥にある信用社会なんだ、伝統的社会なんだということを指摘したわけです。私はそれに対して非常に感銘を受けまして、非常に自分の意を強くしたわけでございます。
 最後の「結論」になるわけですが、しからば自民党の掲げるべき旗とは何かということです。私は、そういう伝統的な社会という国家の基礎というものをしっかりと見据えて、その国家の基礎を守っていくという旗、それしか自民党が民主党に対して掲げる旗はないんじゃないか。
 確かに民主党と改革のラジカルさを競うというやり方もあるかもしれません。あるいはばらまきを競うという手もあるかもしれない。しかし、これは結果的には、先程の安っぽい住宅を売る悪徳業者みたいな話でありまして、ばらまき合戦をやっても、これは本当の勝負ではないと。自民党がやるべきは、私はこの国家の基礎というものの大切さをいかに国民に訴えていくかということだと思うんです。
 あえて変なことを言えば、それによって自民党がもしまた負けることがあったとしても、この敗北は、私は明日につながる敗北だと思うんです。ばらまき合戦で負けたら明日はないわけですね。日本の歴史には高貴なる敗北の歴史というのがありまして、同じく負けても明日に続くというか、歴史に後々語り継がれて、後の成功物語につながっていく敗北というのがあるわけです。例えば、吉田松陰先生が安政の大獄で殺されたと。これは吉田松陰個人の物語とすれば敗北の物語でありましょう。しかし、吉田松陰が死したことによって明治維新が始まったと考えれば、これは成功物語の序章なのです。日本にはこういう敗北の物語、高貴なる敗北の物語というのがあって、私は保守主義者はこの高貴なる敗北を恐れてはならない。むしろばらまき合戦で敗北すれば、それこそ明日はないんだということを、ちょっと余計なことかもしれませんが、そういう思いがあります。ということで、勝てるかどうかはわからないけれども、やっぱり言うべきことを言うというのが、これは責任政党というものじゃないだろうかという感じがするわけです。
 で、その国家の基礎ということを説く。といっても、あんまり抽象的に言ってもわからないでしょうから、そのキーワードは何かというと、私はそういう万感の思いを込めて「日本」。要するに、日本ということを繰り返し主張することではないのかというふうに思うわけです。自民党は国家の基礎、すなわち日本を重視してきたんだと。その日本とはなんぞやと。今、民主党はこの日本なるものを破壊しようとしているんだと。私は、大した講演会じゃありませんが、全国、講演によく歩くんですが、要するに、民主党を、鳩山さんはハトではなくてサギ(詐欺)ですよと言ったあと、要するに民主党は日本破壊政党であるということを言うわけです。民主党が破壊しようとしている日本というものが、実は本当に大切なものなんですと。それをやっぱり自民党は守るんだという物語があってもいいんではないだろうか。日本防衛の物語ですね。あるいは民主党の破壊に抗して日本防衛に立ち上がった自民党の物語というのが、掲げるべき旗ではないのかというふうに思います。
 じゃ、その日本とは何かというと、いや、日本なるものといったら良いでしょうか。その日本なるものというものは、具体的に言えば、この日本人の心。やっぱり自民党はこの日本人の心を大切にする政党なんですというメッセージを繰り返し繰り返し言うべきだと思うんです。やっぱり構造改革だのグローバリゼーションだのね。構造改革そのものを悪いとはあえて言いませんが、そういうことばっかり繰り返したら、一般大衆はますます自分たちの生活が脅かされて、自分たちの国土が破壊されて、わけのわかんない中国人やそういう連中がこの日本にやってくると。移民1000万人計画なんて一方的に言われたら、ますますそうだと。こういうことを言う自民党であっては、少なくとも本来の支持者を失うのではないかと、私は思います。そうではなくて、われわれの祖先が伝えてきてくれたこの日本人の心というもののこの素晴らしさを守っていきましょうよと。また教育の中で、それを子どもたちに伝えていきましょうと。そしたら、必ず日本はよくなりますと。今日よりも明日、明日よりも明後日が必ず希望が出てきますよと、こういう物語を描けるわけであります。
 ところが、グローバリゼーションで日本の企業はどんどん中国へ行って、そして日本はますます空洞化して、みたいな話になっちゃうと、これは勝手にせいっていう話になっちゃう。これでは自民党は勝てないと私は思うわけです。同じように、「活力ある国民経済」と。あえて「国民経済」という聞き慣れぬ言葉を言いました。ここは私、ある意味で非常に意味を込めたつもりなんですが、グローバリゼーションというのは国境を越えた経済ということなんでしょうけれども、これは一つの多国籍企業の論理ではあっても、われわれ国民の論理ではあり得ないと思います。
 たしかに市場の原理からいけばグローバリゼーションは避けがたいと思います。しかし、それは経済の論理であって、政治の論理というものが別にあるはずだと。政治の論理とは何かというと、それは国民経済というものを常に考えるということだと思うのです。それは、逆に言えばオープンとクローズをいかに按配していくかということでございまして、それは鎖国しているわけにいきませんから、オープンせざるを得ない。
 しかし、オープン、オープンと言ってたら、これはそのグローバリゼーションに対応できない要素というのは経済の半分にあるわけですから、この半分が完全につぶれてしまうということになるわけでございまして、それを政治の力が守るんだと。私は、経済というのは、経済学者でございませんので論理をもって言えませんが、二つの構造があると思っています。これはグローバリゼーションの構造と、もう一つは国内で循環する経済構造というのがあって、地方経済というのはほぼ100%近く、実はその地域で循環してるんだと。また地域で循環させて、そこで富を生み出していくという構造をつくらない限り地方は成り立たないのだと思うんです。
 そういう国民経済というものを、しかし根底にあるのは「活力ある」でありまして、国民が働かなくちゃならんわけであって、国家から手当てが来るのを待ってるような経済では絶対ダメなわけですから、「活力ある国民経済」とあえて言いました。これがわれわれ保守が目指すべき経済の姿ではないのかと思うんですね。それを訴えるべきだと。
 それから「家族の絆」、これは説明するまでもないと思います。それから「美しい国土、自然」ということであります。この日本の国はずいぶん汚くなっております。皆さま方も、例えばクルマで走られると思うんですが、国道沿線を走ったら、延々とだらだら、だらだらと同じ光景が続く。ある人が、「ファーストフード化された日本の町並み」と言いましたが、もうファーストフード乱立のような、そういうのが郊外にまで広がって、そして日本の伝統的な町並み、あるいは郊外の、本来あるべき緑の景観を壊していると。これをいつまで続けるのかという話でありまして、やはりそろそろ、人口も少子化に入るわけですから、地方都市は確実に、これは好むと好まざるとにかかわらず縮小に向かうわけですから、やはりこれからはきちっとゾーニングして、そしてやはり田園というものの美しさを出していかなくてはいけないし、それから、町はもっとコンパクトにまとめるという方向に政策を切り替えていかなくてはならないと思います。
 そういう中で、もっとこの日本の美しい国土・自然を大切にしていきましょうと。なにも二酸化炭素25%削減することだけが環境対策じゃないんだと。私はあえて言いますと、いろいろな学説入り乱れていますが、私はco2温暖化原因説というのは、これは謀略である可能性は極めて高いと思います。世の中にそういう本が出回ってますが、そういう本だけではなくて、世界の非常に高名な研究者というか学者が、ipccのこのco₂説はおかしいぞということを今盛んに主張しています。ところが、南京大虐殺はなかったというのと同じで、そういう言論というのは徹底的に言論弾圧にあっているというのが現状でございまして、そして何かきわもの扱いされていると。私は、少なくとも頭の半分に懐疑説を置いて地球温暖化問題を考える必要があると思います。
 というのは、温暖化は事実でございますけれども、それがco2が原因であるということは一つの仮説なんですね。地球には自然変動があるわけです。温暖化はその自然変動の一部である可能性のほうがむしろ高いということであります。私は専門家でありませんので、確かな話はともかくとして、そういうco2原理主義みたいな、なんだか訳のわかんない、そしてエコカーだ太陽電池だと言ってるけれども、しかし太陽電池をいくらつくっても、エコカーいくらつくっても、実は日本の環境、すなわち自然は回復されないんですね。そんなことだったらもっと地方経済に補助金を投入したほうが、私はこの日本の本当の意味での環境対策になるんじゃないかというふうに思います。co2だけに限定すれば、確かにco2は減るかもしれませんけど、co2を減らしてみた、しかし50年経ってみたら何の関係もなかったという話にもなりかねないわけであります。だったら、もっと自然そのものを大切にする政策を自民党が打ち出してもいいんじゃないか。少なくとも25%削減というのはこれはもう宗教みたいな話だと私は思っております。科学的な算出根拠は成り立たないと私は思うわけであります。
 そして最後に「誇りある国家」ということでございますが、要するに国家の独立、主権、あるいは国益、そして国家の名誉ということをやっぱりおろそかにしてはならない。自民党はそういうものを大切にして守っていきますと。とりわけ安全保障ですね。これからは逃げないと。これをしっかり見据えるのが自民党でありますと。要は、こういう日本なるものを、われわれはこれから愚直に守って、そして責任を果たしていきますというのが、これが自民党の物語ではないのだろうかと思うんです。この旗を立てて、繰り返し繰り返し主張することが、私は必ずや民主党のウソがもうあらかたさらけ出されているわけでございますから、必ず自民党の支持率回復の材料になっていくのではないかと、少なくとも私は信じております。果たして皆さん方にご賛同いただけるかどうかわかりませんが、約束の時間が参りましたので、以上で私の話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

下村政策委員長
 伊藤先生、ありがとうございました。非常にわかりやすいたとえで、またわかりやすくお話をしていただいたと思います。民間シンクタンクのお立場で自民党が立てるべき旗とはということでお話をしていただいて、たいへんありがたかったと思います。
 まずご質問等があればしていただきたいと思いますが、とりあえず、私のほうからちょっと……。今のお話は、保守主義というよりは日本主義といいますか、日本の素晴らしさというのをいかに国民の皆さんにわかっていただくかと、それが保守そのものであるという感じでとりましたけども、なかなか言葉のボキャブラリーといいますか、意味が若い人たちに理解されるかどうか。私は伊藤先生の言ってる「日本」っていうのは意味としてよくわかるんですが、例えばこの言葉なんかも、「日本人の心」とか、「誇りある国家」というのは安全保障的な解説をすればわかる話だと思いますが、そもそも今の若い人たち、日本の素晴らしさは何なのかということ自体がよくわからないのではないかというふうに思うんですね。ですから、日本というのはこういう素晴らしさがあるからこそ日本を重視しようと、日本を大切にしようと、あるいは日本を破壊させないようにしようと。自民党はこの日本を守り抜くんだと。そもそも日本とは何なのかということをさらにもうちょっと詳しくお話をしていただくことによって、なるほど、そういう日本というのがやはり今失われつつあるから、これからまさにそういう日本というのをよみがえらさなければならない、あるいはそういう新しい日本をつくらなくてはいけないということにもなるのではないかと思いますが、そのへんもうちょっと詳しくお話をしていただければと思います。
伊藤講師
 はい、ありがとうございます。ほんと、ご指摘のとおりでございまして、今日はあえてそこのところは、言わなくてもなんというか、あうんの呼吸でわかっていただけるという前提で話をさせていただきました。やはりこれから、そういう「日本の物語」みたいなものを、われわれ語らなくてはいけないと思うんです。
 要するに戦後は、この「日本否定の物語」がずっと、日教組教育を先頭にして語られてきたわけですね。それはリベラルの物語ということもできるかもしれません。それに対して、ようやく「日本肯定の物語」というのが語られる段階に来たということが言えると思います。
 しからばそれは一体何かということになるのですが、例えば建国記念日というのがあります。建国記念日といっても、今はもう何のために休んでるのかわかりませんが、こういうときこそ自民党は統一行動を起こして、全国でもう400くらいの建国記念日の集会が行われています。けっこうここは人々が集まってるんですね。1000名以上集まっている会場は全国にたくさんあります。そういうところで、例えば、建国以来一系の歴史という国はいったいどれぐらいあるだろうかというようなことを、歴史的事実として語る。例えばエジプトにはピラミッドがあるけれども、果たしてあのピラミッドのころのエジプトと今のエジプトは関係あるんでしょうかとか、ギリシャのパルテノンの神殿があるけれども、あのころのギリシャと今のギリシャは全く関係ない。また、建国以来、天皇という一系の存在によって国民がまとまってきたというこのすごさ。あるいはそういう歴史の中で紡がれてきた、とりわけ、今、国立博物館で長谷川等伯という絵師の展覧会をやっていますが、これはほんとに国境を越えてものすごい感動を呼びますね。とりわけ「松林図屏風」というのがあるんですが、こういう美の世界というのは普遍的な美だと私は思うんです。そういう美を生み出してきた、美の伝統を生み出してきた。今ちょっと具体的に浮かびませんけども、例えば『源氏物語』にしても、あの平安時代の昔に、あれだけの登場人物の心理描写を描き分けた女流小説というだけではなくて、そういう小説というものが世界にはなかったと言えると私は思うんです。そういうものを生み出し、しかも一人一人の登場人物の心理描写の中に、まさにもののあわれというか、そういう日本人の繊細な感性というものが描かれていると。そういう歴史をわれわれは持ってきたのだというようなこと。ちょっと思いつきで話しますが、そういうことを含めてですね。
 あるいは現代の話で言えば、われわれの雑誌がよくそういう特集をやるんですが、例えば中国の工場に技術指導に行ってる方がおられるのです。そういう方々が体験した話を聞きますと、例えば工場で使った道具なんかは、その仕事を終わったら倉庫に入れて鍵をかけて、絶対に開けられないようにしないと、必ずその工員に盗まれると。そしてどっかへ行って売りさばかれると。それから一つ一つのことに関して、命を込めるとか心を込めるということが全くないし、それを教えることは至難の技だと言うのです。そういう中で、それでも必死になって技術指導をやって、日本の工員のようなところまで育てようとするわけですが、これはとてもじゃないけれども大変なことだとおっしゃる。
 一方、日本人というのは、例えば職人さんが自分の使ったノコギリやカンナや、そういうものをものすごく大切にする。まさにそれを研ぐのに命をかけるみたいな世界がありますね。これは日本にしかあり得ないんだと。これが日本文化であり、日本人の心なんだということを、こんな例だけではなくて、事細かに話してくれた、そういう方がおられます。
 そういう物語って、意外と日本人は知らないわけです。そういうものをこれからどんどん語りながら、この日本を守ろうじゃないか、日本人の心を守ろうじゃありませんか、みたいな物語にしていくというようなことを、もっといろいろな機会を利用してやっていくべきなんじゃないかと思います。

北村茂男委員
 今日はありがとうございました。私は国会、今2期生ですが、4年半前に国会議員、それまでは県議会。伊藤先生には石川県ですけれども、教科書の問題のとき、あるいは採択時を目指して県議会、あるいは市議会、町議会の人たちも巻き込んで教科書をどうしようという。石川県では適正な教科書かどうかを考えようという会をつくってやったんですね。適正かどうかを見れば適正じゃないというので、だけど学校のためには最初から悪い教科書は排除しようというのじゃなくて、適正化理念というのをつくってやったんです。そのときに先生が何回かお越しいただいていろいろなお話を伺いました。あの節はありがとうございました。
 今回の総選挙を通じて、国民のわれわれ自民党に対する、あるいは今の政治に対する、あるいは新しいものに何かがあるように思っての民主党に対するあの選挙を思い出して、とても人間の技では太刀打ちならん何かがありました。私自身も前回の選挙のときに、正直言って、入り口の段階ではまさか自分が負けるとはというような思いで飛び込んだんですが、結果は選挙(小選挙区)で負けました。どうにもとどめようもないものが押し寄せてくるものが一つありました。
 そこで、先生のお話の中ですが、それは何だったのかというと、戦後教育、ずっと人間の頽廃的な精神構造にさせられているという状況というのは、最近起こった問題じゃなくて、長い長い歴史をかけて、日教組教育によってもたらされた問題だと思うんです。今、日本でも「日本の歌」、先生がお話しになっている。これは日本じゃなくて「にっぽん」というそういうものが、なくなりつつある。そこへモノとカネのばらまきを見せて、若干寒いときには上着が着れるような思い、おなかすいたら何か食事がもらえるようなそんな雰囲気の中での選挙でなかったかな。しかし、それは選挙だけではなくて、ずっと構造的に続いてきてそういうものがあったし、逆にわれわれ自民党側にも、国民との間の関係を、緊張関係というか、いつ失うかわからないというものを持たないまま戦後ずっとやってきた結果があの象徴的な選挙に、結果となって表れたのではないかというふうに思うんです。
 したがって何を言いたいかというと、彼らのばらまきというか、高速道路の無料化であったり、子ども手当であったり、戸別補償であったりという、ああいうものにいっぺんやらしてみたらというふうに乗っていった心理は、選挙という期間だけのものでないんではないかというような思いがするのが1点。
 もう一つは、民主党というより――民主党はいろいろな頭がありましてね。八岐大蛇(やまたのおろち)じゃないけども、頭、幾つも持った変態政党です。したがってどこかに日本の精神構造を解体しようという思惑を持った勢力が入り込んで、日本の国のありようを壊そうとしている勢力がその中に潜んでいるのではないか。あの小沢(一郎)さんや鳩山(由紀夫)さんが、ほんとのこと言って、あんなばらまきや日米関係や、あるいは中国へ行って、こんなことを考えるはずがないと思うようなことが、しかし事実、どんどん、どんどん浸食されてその流れの中へずっと行ってるんですね。
 だから、なんとなく日本の精神構造を解体しようという潜在的な勢力がそこに潜んでいて、この民主党がそこに政党として存在し、結果的に日本解体を目指す勢力があるのではないかというようなことを、漠然とですが、思うんですけどね。そのこと、私の思い、どう思われますか。

伊藤講師
 わかりました。もう先生おっしゃるとおりだと思うんですけど、これ、長期の流れで見れば、やっぱり戦後、「日本否定の物語」というのが占領政策以来ずっと語られ続けてきたんだ、日本否定か日本軽視かね。自民党もそれを、明確に間違いだと言うだけの強さを持ってなかったと思うんですね。その行き着く果てに民主党という、まさにその流れを象徴するような政党が出てきて政権を取ったということだと思うんです。だから、ここにもう一度逆ネジをかけていくとしたら、これは「日本肯定の物語」を語っていくしかないと思うんです。それはもちろん単なる夜郎自大の自尊史観ではないけれども、やはりもうそろそろ日本を卑下するのをやめようとか、日本を軽視するのをやめようという物語、これを自民党が掲げるべきだと思います。長い目でいったら、そういう歴史の行き着くところまで来てると。そこで転換が必要なんだと。幸いにして民主党がヘマをたくさんやってくれてるんで、いや、逆転は可能かもしれないよという思いで私はいるわけです。これが1番目の点に対する答えです。
 2番目に、民主党の中にそういう革新勢力がいるんではないかと。これはまさにおっしゃるとおりでございまして、具体的にだれとは申しませんけれども、やはり旧社会党というものをリードしていた――旧社会党といっても単なる労働組合じゃなくて、後ろに、要するにマルクス主義の革命活動家がいたわけですよね。これが要するに民主党の中に社会党議員が入る、あるいは労働組合が民主党支持に変わる中で、そういう勢力が大量に入り込んできて民主党の中で政策立案にかかわり、影響力を持ったということだと思うんです。
 要するに、先程言った健康な免疫体を壊すウィルスみたいなもんでありまして、それはもうちょっと言うと、マルクス主義の新しい形態なんですね。昔の暴力革命のマルクス主義じゃなくて、ヨーロッパマルクス主義と言われる、内部から浸透していって、内部から崩していくという、ユーロ・マルクス主義と言われるんですが、そのマルクス主義勢力が今、民主党の中で非常に大きな勢力を握っていると。だから、「政策インデックス2009」を読みますと、彼らの用語なんですね。こういう文献をしょっちゅう読んでいる人間にとってはよくわかるわけです。普通の人が使わない言葉を使ってます。そういう形でやはり民主党をリードしていると。その上に小沢さんなどが乗っかってると。小沢さんの場合は、これははっきり言って単なる選挙対策。選挙対策以外のなにものでもなくて、例えば子ども手当でしたら、所得制限したら一部の人間しか行かない。もらえない人間は今度は民主党に対する不満になるわけですね。だったらみんなにやればいいじゃないかと。所得制限しないというのは、私はそういうことだろうと思うんです。とにかく投票する人間を、基盤を増やすと。農業の所得補償も、180万戸対象だとか言ってるじゃないですか。冗談じゃないと。補助をすべき対象は数万戸くらいだとぼくは思うんです。その選別をなぜやらないか。選別をやったら恨みになって逆に返ってくると。支持するのは数万人だと。ところが180万人に薄く配れば180万みんな投票する可能性があると。それは理屈を超えた単なる選挙対策だというふうに思うんです。逆に言えば、そこまでニヒルに徹し切ってるのが小沢という人なんじゃないのかなという認識を持っています。ただ、あそこで政策を立案しているのは、それとは全く違う勢力で、これは完全に日本の破壊を狙っているということだと思います。

谷川弥一委員
 昨年8月の総選挙で、わが党は大敗して野党に転落した。その敗因を私なりに考えてみたんですよ。朝日新聞とかみのもんたの、いわばバックグラウンド・ミュージックみたいな音楽と、具体的にはやはり子ども手当、大きかったですね。われわれにとってはものすごく大きかった。それと所得補償、この二つです。
 それに対抗するために、ここはぼくは一番わかってほしいんですが、まず市会議員、県会議員みたいな組織をつくらんといかんなと思いました。つくったんだ、ぼくはとにかく。もう一つは市会議員、県会議員の名簿をもらう。もう一つは、どうしても足らんからといって、絶対いやだったけど、街頭演説というのをぼくは300回しました。これで勝てると思ってね。これなんですけど、1日1万歩も歩くって、1時間半かかるんです。それと、日経と朝日と地元紙を読んで、切り抜いて貼るんです。これが3時間かかる。5時間、それをやめなかったんです、ぼくは。勝てると思ったから。
 その5時間ずっと電話しておけば今でも小選挙区で勝っとったなと思うんですよ。やめて、5時間ずっと電話できれば。しかし、これをやるのは恐怖心。やめたら次したくないからね、もう。つらいから。10年ぐらいやってますから、やめたらおわりだなと思ってやった。結局、小選挙区では負けましたね、1904票。
 こうして思ったんだけど、やっぱり企画・立案、この現状を読む。想像以上に圧力強かったよ、子ども手当。想像以上でしたよ。ほんとおっしゃるとおり、わーっという感じだったんですよ。今それないです、全然。だから、自民党は本当、戦略を立ててやれば簡単なんですよ、ほんとは。今度、参議院選挙です、全然ないじゃないですか、勝てる戦略。
下村政策委員長
 ただ、伊藤先生がいいコメントをされて、しかし立て直す因子は自民党の中にしかないんだと。民主党の中に立て直す因子はないんだというのは、やっぱりそのとおりだと思うんです。それで、私はある意味では自民党というか、日本にとっては今が絶好のチャンスだと。つまり、自民党が政権をずっと取ってたら、民主党ほどのばらまき政策はしないにしても、やっぱり似たような延長線上でいったとしたら、やっぱりこの国は本当の意味で再生は不可能ですよ。
 ですから、いったん野に下って、ほんとのあるべき原理原則に則って、まさに戦後体制そのものから見直すことによって、本当のあるべき日本を将来に向けてどうつくっていくかということの中で、今度の参議院選挙で「高貴なる敗北」という言葉を使われましたが、べつに今度の参議院選挙を意識されて言ってるわけじゃありませんけども、目先の、ばらまき的な民主党へ乗っかるようなことではなくて、これは本来の保守主義ということで言えば、先程の赤字国債も発行しないで、建設国債ならいいって言ったけど、ある意味では自ら足るに応じた生活をするということというのは原理原則ですし、また国防の問題もそうですが、しかしそれを今こそ説いていくことによって、また将来の日本を考えたときに、やはり保守政党たる政党に、それが本当に自民党がダメになっちゃっても別の政党が、今の社会主義政策的な民主党でない考え方の政党に日本が戻ってきたときにほんとの日本は再生できると思うし、それは潜在的に国民がやっぱり求めていることであると思うんです。それを自民党はどうつくれるかどうかということがやはり問われているんじゃないでしょうかね。その因子は自民党にしかないというのは事実だと思いますよ。


 最後に、伊藤先生、貴重なお話を外部の民間シンクタンクの立場からしていただいてありがとうございます。まさにそういうところにこそ自民党の再生の生きる道があるということを改めて感じさせていただきました。貴重なお話ありがとうございました。



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