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政策委員会 第15回


保守主義からみた構造改革の検証
講師 西田昌司政策副委員長

平成22年4月28日
下村博文政策委員長
 ただ今から政策委員会を開会いたします。
 今回は、西田(昌司)政策副委員長に講師になっていただきまして、前回、西田副委員長のご紹介で東谷(暁)さんに「保守にとって経済政策とは何か」ということでお話しをしていただきましたが、もともとこれは西田副委員長からのご紹介の方でもありまして、民主党のバラマキ社会主義的政策について、じゃ自民党はどうなんだということについての、構造改革あるいは経済政策についての総括がされていないということは事実でありまして、そういうことも含めて、自民党は実際に変わったのかと。国民の皆さんから見たら旧態依然で全く変わってない――こういう印象があるというふうに思いますし、事実そのとおりだと思うんですね。ですから、逆に野党になったのを幸いにして、またある意味では出る人ももう出てしまったわけですから、あとはしっかり、新しい自民党、党内改革をしていくかという闘う姿勢を持っていかなければならないと思います。
 私は来月(5月)が勝負だと思ってまして、来月の末に普天間移転は決定しないでしょうから、ここで鳩山(由紀夫)内閣総辞職に追い込まなかったら自民党の存在価値がなくなって第三極の流れが参議院選挙で出てくるだろうということで、いかに腹をくくって鳩山・小沢(一郎)を退陣させられるかどうかということが我が党に問われているのではないかと思いますが、同時に政局の中で理論武装は必要であって、民主党に対決する中でのこの国の将来に対する責任を持つという意味で、我々もしっかり理論武装の中で総括していくことが必要だというふうに思います。
 今日はそういう立場から西田副委員長に「保守主義の立場からみた構造改革」ということで、持論をお話していただきたいと思います。
 それではよろしくお願いいたします。

西田昌司政策副委員長
 どうも今日は「保守主義の立場からみた構造改革」ということでお話しをさせていただく機会をちょうだいいたしまして、大変ありがたく思っております。
 実は私は前々からそういうことを言っていたんですけれども、今日お持ちさせていただきました原稿は、まだ国会議員になる前……一つ目が2003年2月、二つ目が2004年12月。「発言者」という西部邁先生が主幹をなされております雑誌で2年間ほど毎月論文を掲載させていただいたのですけれども、その中から、今日のテーマに合うようなものをたしか昔書いたことがあるなと思い出しまして、その2本を持ってきたわけです。
 要するに私が申し上げたかったのは、小泉(純一郎)総理が登場しましたのがちょうど9年前だと思います。参議院選挙直前に総裁になられて。まさに自民党が、森(喜朗)総理の時代、非常に支持率が下がりまして、その後、急きょ、総裁選挙を前倒しで実施して。都議会議員選挙があったので、一挙に地方からもそういう声が上がってきたと思いますけれども。そして、その後の参議院選挙も非常に大きなブームで勝ったと。
 それ以来、小泉総理が言われる構造改革――「改革なくして成長なし」ということで、どんどん構造改革が進んできたんですけれども、私は実はそのときから小泉構造改革は間違っていると言っていましたけれども、そのときは自分の親父が選挙に出ましたので……自分の選挙ではそれはよう言わなかったですが、親父の選挙ですから、私と人格が違いますので、親父が言うてる分には黙っとこうと。そこのところは、選挙のときには私自身は一府会議員として国会議員を応援する立場でありましたから、触れなかったんですけれども、そのときから腹の中ではずっとそう思い続けてまして。しかし、その小泉総理の人気のおかげで私の親父も含め多くの自民党の同志が救われたわけでありますから、非常に忸怩たるものを持っておったんです。
 しかし、やっぱり予想どおり、私の心配していたことが杞憂にはならず、本当にとんでもないことになってきたということなんですが、まず、なぜ私がその構造改革がおかしいと思うようになったのかといいますと、もともと、考えてみますと、日本は昭和の終わりごろまで非常に経済においても大成功してきたはずなんですね。バブルが起こりまして平成2年ぐらいがピークだったと思いますけれども、ちょうど昭和の終わり、そしてこの平成の始まりというのは、まさにあの東西冷戦が終わる時代であったんです。1989年のベルリンの壁崩壊が東西冷戦の終焉。そこから一挙に世界は変わってくるんですけれども、その東西冷戦がずうっと長い間行われてる間は経済も西側と東側に分かれておりました。それで、グローバルマーケットというよりも、西側のマーケットの中で日本は勝負をしていけばいいと。
 そういう時代だったんですけれども、その時代に日本は、いわゆる護送船団方式と言われるように、業界をひとまとめに指導して、それぞれの、例えば銀行であっても利息はみんな同じ、保険であってもみな同じような料率でやりましょうと。そして、それぞれの会社が際立って業績を上げるんじゃなくて、業界全体としてやっていきましょうと。そういう形で、役所がある意味でいいますと競争を規制しながら、しかし業界全体として国民がボトムアップで豊かになっていくと。これはある意味でいいますと戦後の混乱の中からもう一度経済を再生していくために必要な政策であったと思いますけれども、それがみごとに成功しまして、日本は実質上世界ナンバーワンの経済大国だと言われた時代が、あの昭和の終わりだった。
 そしてそのときに、自らが、もうアメリカから学ぶものは何もないと。むしろアメリカが、競争一辺倒の社会で、結局、製造業も非常に弱くなってしまった。日本の製造業の仕組み、特に会社の経営の仕組みというのは、アメリカのような短期的な利益を追求するんじゃなくて、長期的な利益を追求する。そして会社の組織というのは非常に大事にして、個人プレーよりも組織として長期的な利益をどうやって確保するかということを会社が行っていたし、日本の国も個別の競争よりも国家全体としてのさまざまな政策をやっていたということで、非常に日本的経営が内外通じて自信を持っていた時代が、ちょうど昭和の終わりごろだったと思うんです。
 その昭和の終わりから平成にかけてバブル経済が起こってきたわけですけれども、バブル経済がなぜ起こってきたのかということについてはいろんな議論があるんですが、今やっぱり言われてるのは、いわゆるあのプラザ合意で、アメリカために円高政策を容認することによって、アメリカに対する集中豪雨的な輸出を止めて日本の内需を拡大してもらおうじゃないかと。内需を拡大するためには公共事業を10年間で430兆円。それを公約した。そしてさまざまな内需拡大策が、あの時代、約束されてやってきた。その中で、金融ジャブジャブ――おカネを借りてどんどん事業をやってくださいということもやってきた。
 ところがこれが、内需拡大といいながら、無制限におカネをどんどん貸していくと、長期的な事業であるよりも目先の不動産とか絵画とかそういうもののほうにおカネが回ってしまって、結局、バブルだったんですけれども、バブルの整理をそういうふうにしたらよかったと思うんですけれども、その当時そういう整理の仕方をしなかったんですね。そうじゃなくて、バブルがはじけて、それから不良債権処理とかいろんな問題が出てきましたけれども、そのときになぜかこう言ったわけです。「この日本の経営の仕組み、日本の行政の仕組み、そういうさまざまな競争を規制するやり方が、結局は弱者をそのまま市場の中に温存して、世界的な競争の中では生きていけないようになったんだ」――。
 つまり、その当時は、昭和の終わりには日本がアメリカを抜いたりして経済大国第1位だと思われたけれども、昭和から平成に代わって――冷戦が終わった途端、あの冷戦を終わらせたのは何かといえば、アメリカである、しかもそのアメリカのレーガン時代のいわゆる小さな政府、そして軍事力を強化して競争型の社会をどんどんやっていく、それが結局あのソビエトを崩壊に導いてきたのであると。現にソビエトも東側諸国もすべてこれからは、アメリカの仕組みを手本として、大統領制になるわ、また市場開放してどんどん競争型社会になっていくわと。
 あの当時、フランシス・フクヤマという日系の学者が『歴史の終わり』という本を出しましたけれども、まさに今までのイデオロギー闘争の時代は終わりを告げて、もう歴史の進歩は終わった、これからはアメリカ型の社会一極で世界が一つになっていくんだと。みんながほとんどまともに議論をしないまま一挙にそう思い込んでしまう空気があのときあったと思うんです。
 その影響を受けまして日本の中でも、本当は「バブルというのは何だったのか」という議論をすべきだったのに、「それは日本の構造がおかしかったんだ」と。ついこの前までは、「日本の社会というのは護送船団であるからよかったんだ。業界に対して長期的な立場から国が指導をしていき、それぞれの業界が自分の会社の利益だけじゃなくて日本全体のことを考えていく。会社も従業員のクビを切らずに終身雇用で。そして企業別の労働組合で、さしたる労働争議とかそういうこともせずに同調しながらやってきた。この仕組みがいいのである」と言ってたのを、すべてダメだということにしたわけです。「だから、まずそういう規制を緩和して競争型社会にすべきだ。競争型社会にしたら当然のことながら落伍者が出てくる。しかしそれは、その痛みをこらえてやっていかないといけないんだ。なぜかといえば、アメリカを見ろ、世界を見ろ、みんなもうアメリカ型の社会がスタンダードになってるじゃないか」と。これもなってるかどうか怪しいと思ったんですけれども、そういうふうな論法になってきたわけです。そして、「そういった痛みの向こう側に日本の将来のビジョンがある」と。
 これを明確な形で言いだしたのが小泉総理だったと思うんですけれども、実は小泉総理の前からずうっとこの話はありまして、とにかく自民党が「改革」と言ったときには、「アメリカ型の社会」。橋本(龍太郎)総理のときもそうでしたね。五大改革、六大改革とか言いながら改革をやってきたんだけれども、その方向は小泉総理と同じような方向だったと思います。しかしそれが遅々として進まない。それは当然なんです。自民党は保守政党でありますから、保守政党というのは、それぞれの地域や業界やさまざまな社会から要望を受けたり、またその陳情を受けたりして、調整をしてきたわけですからね。
 政権与党でありますから当然なんですけれども、「それは族議員のなせる技であって、そういうことを聞いてる場合じゃないんだ。そういうことを聞いてるから、今までの業界、族議員がはびこってしまって、よくないんだ。特に一番よくないのは建設業界である。ここは、公共事業をそれぞれの地域が要望があるからといってどんどんやってきたけれども、それは全部ムダなものをつくってしまったんじゃないのか。特に、(ぼくはよくわかりませんが)派閥でいうと経世会がこれを仕切ってやってる。それが一番の癒着で、間違ってるんだ。その一番の公共事業の元は何か。結局、郵貯のおカネがどんどんそれに回って、要らんのに使われたのとちゃうのか」というような議論になってきまして、小泉さんの時代にはまさに、「ここをつぶしてしまうことが改革の本丸である。もしもそれをダメだと言う者があったら、それは改革を妨げるものである。守旧派であるから、これを、クビを切る。それを自民党がぜんぶ反対だというなら、自民党自身もぶっ壊してやる」と。こんな論法でこの改革が行われてきた。
 自民党の中では当然、反対の意見が多く出ていたと思うんです。国会に私はいませんでしたけれども。しかし世間は、小泉さんが言ってることが正しいと思ったんですね。世間がというか、マスコミはそういう形で誘導してきました。というのは、常に日本はアメリカのほうを向いて改革の方向、国の形というものを考え続けてきたと。それは開国からそうなんですね。戦後の改革はそうでありますが、戦後の改革以前に、そもそも日本の国を開けたのが黒船でありますから、アメリカが無理やりこじ開けてやってきた。しかし、あれも本当はみんなが反対して攘夷だと言ったけれども、開国してよかったじゃないかと。そして国の形を変えて。要するにアメリカやヨーロッパへの研修に行って、同時に岩倉(具視)使節団が帰ってきた後、憲法も決めて、開国してよかったじゃないかと。こういうふうに思い込んでいる。そして戦後の改革も、占領時代にことごとく日本人の価値観というものが変えられたにもかかわらず、結局、あの戦争で敗けたおかげで日本はもう一度国の形を変えることができて、よくなったんだと。こういうふうに思い込んでいるんです。
 その結果、今度の平成の大改革も、「さまざまな業界から地方から悲鳴が出てるけれども、ここをこらえてやっていくことがいいことなんだ。これはアメリカが唱えている時代の最先端をいく改革を日本の中でもやることになるんだ。その痛みをこらえていく勇気と覚悟が必要なんだ」と。こういう形で次々と、本当の議論ができないまま、答えは初めから決められた中でやってきたというのが、この構造改革であったと思うんです。
 そのときに、そもそも自民党は、保守政党、つまり土着政党ですから、これに対しては非常に懐疑的な方が多かったと思います。ところが、そういう方々は守旧派でダメだと。しかし考えてみると、保守思想からした構造改革はおかしいということを私はいま言ってますが、まさに守旧というのは保守そのものなんですよね。古いものを守っていくと。ただ、古かったらいいとか、守っていくことがいいんだなんて、そういうことは私は申しませんが、普通はそういうふうに考えるのが当たり前だと思うんです。しかし、その当時、「保守」なんていう言葉は実はなかったんですよ。自民党はそもそも保守政党ですらなかった。自民党は改革政党だと。自民党の党是にそう書いてあるんです。「自民党は改革政党である。進歩的政党である」――そう書いてるんですよね。保守政党であるなんか書いてなかったんですよ、その当時から。
 つまり、自民党自身が結党のときから、敗戦の混乱の中で経済復興を第一に考え、そして国を守るということを、一応その中では言ってるけれども、本当に考えることはせずに、アメリカ追随で経済を優先してやっていくことがいいことだという考えで始まってます。それは確かに、あの昭和の30年の時代、冷戦が始まって、それから敗戦して10年後、そして日本が主権を回復して3年後の時代では、そうだったんでしょう。しかし、本当に大事なことは、その食えるようになったときにもう一度、自分たちの国をどういう形でやっていくのかと。憲法改正もそうですが、自分で自分の国を守るとか、自分たちの価値観、精神、そういうものを、アメリカナイズされてるものの中からもう一度取り戻してみようという話がどこかで出てこなければならなかったんですが、残念ながら一度たりともこういうことは議論できなかったのではないかと思うんです。
 そして一番のチャンスは、万博が終わったのが昭和45年ですが、その後ぐらいですね。まさに1970年代になってきて、豊かさも万博ができるぐらいまできてるわけですから、ずいぶんいいようになってきた。次は本当は国の形を考えていかなきゃならなかった。ところが、その時代に出てきたのが、悲しいかな、田中角栄さんだったんですよね。田中角栄さんが出てきて「日本列島改造論」という形で、戦後の路線をますます拍車をかけて、大改造していくんだ、そうすれば日本はよくなるんだという形で、どんどんやってきた。国の形とか価値観とかいうことを言われる政治家はだれもあの時代に出てこなかったわけですよね。
 そしてついに東西冷戦が終わってしまう。東西冷戦が終わったら、冷戦というものがなくなってしまったんですから……終戦後、58年前の7月28日、サンフランシスコ講和条約が発効したら、本当は、外国の軍隊が日本にいることもおかしいわけだし、憲法を占領中につくられたこともおかしいわけだし、全部それを解除してもう一度リセットしてやりましょうということはすべてできたはずなんですが、あえてそれをしなかった。それは、一つは貧しかったということと、東西冷戦のために日本一国で自分の国を守っていくという選択が事実上できなくて、アメリカにおんぶに抱っこで防衛してもらうという選択肢しか現実としてはなかったと思うんです。しかしそれは、そういう状態だからいたしかたがなくやったんだということが次の時代に伝わっておればよかったんですけれども、自民党はそう言わなかったんですね。自民党は、この選択をしたことが保守本流だと。つまり、吉田(茂)総理の時代の方針というのが、事実上、自民党の党是という形になって、以後ずうっと、戦後50年間の政権を自民党が担ってきた。
 その中から出てきたのが、冷戦が終わって、バブルが終わって……くしくも同じ時期にそうなったときに、いや、日本はバブルが終わったけれども、これはアメリカからの要求で極端に内需を拡大したためになってきた、しかし同時に、このアメリカとソビエトの東西冷戦も終わったから、日本の国は自分たちで自主防衛をする方向にやっていこうじゃないかと。内需拡大というのももちろん大事だけれども、自分の国を守るという話には莫大なおカネが要るわけですよね、実際問題。おカネだけじゃなくて覚悟が要りますけれども、本当はまずそういう方向に議論をして心もそちらに変えていかなきゃならなかったんだけれども、それをせぬまま、もっと勢いを増して、拍車をかけて、アメリカに傾倒していったんですね。これがまさに平成の時代の改革の正体だと思います。
 それはさきほど言いましたように小泉総理の時代に最終局面を迎えたんですが、これは小泉総理だけじゃなくて平成の時代の政治家みんなが言ってきたんですね。与野党問わず。特にひどいのは、小沢一郎さんという人物もそうでありましたし、民主党の鳩山(由紀夫)さんも菅(直人)さんも、あのへんの方はみんなそうですね。要するに、民主党にいかれた方が一番そういうことについては極端に言っておられたと思います。つまり、アメリカ型の社会を日本に取り入れて、それに反対する者は守旧派だということでどんどん切り捨ててやっていくと。まさにそれは彼らのあのグループから出てきた話だと思いますよ。ある種、経世会といいますか、田中派路線なんですよね。そこから出てきたことが世の中全体の意見になっていた。
 自民党の中ではそれに対して懐疑的に思ってる方がおられたけれども、世論がそういう形になってしまっておりますし、新聞から学者から野党からみなそう言う。そうなってきたら、与党のほうも、これをノーと言っていられない。結局はその勢いに乗らざるを得なくなって、自民党も、それがもたもたしてるためにどんどん支持率が落ちてきた。落ちてきて、その支持率を立て直していただいたのが小泉総理だったわけですけれども、小泉総理が言ってることがまさに「自民党をつぶす」という、それを大公約に掲げて今日まできてしまった。こういうことだと思うんです。
 そういう大きな目で見てみますと、構造改革というのは個別の問題じゃなくて、もともとの原点からアメリカ型社会をつくっていくということが答えとしてあって、それをどんどん進めてきたことではなかったのかと。
 そしてもう一つ問題は、そのアメリカ型社会が正しかったらこれまたよかったんですよ。ところが、これが全くの間違いだった。というのはどういうことかというと、アメリカ型社会の一番の本質はというと競争でありますけれども、競争することによってどうなるのか。競争することによって資源を有効に配分していって、いちばん理想的な、効率のいいものが生き残っていく、そしてどんどん拡大再生産をしていくということですね。しかしこれはフロンティアが常になかったらできないんですよ。アメリカというのは膨大な国土があって、少ない人口と大きな資源を持っている。だから、フロンティアがまだまだありますから、いいのです。さらに、国の中でフロンティアは少なくなったけれども、世界を今度は、東西二つに分かれてた市場を一つにしてしまったから、もう一度フロンティアが伸びて、どんどん大きく成長できるという、そういう時代背景でもあったわけですよね。
 ところが、よく考えてみると、今もその問題が出てますが、20年ぐらい前からいちばん言われてきたのは、世界のいちばん大きな問題というのは人口問題であったはずなんですよ。地球上の50億、60億の人口が、あと50年、60年たったら100億になっちゃう、そのときに資源、エネルギー、食糧はどうするのかと。これがいちばん大きな問題だったはずなんですね。そして、それは今現在も変わらぬ世界の一番の問題なんですよ。環境問題をco2の問題を言われる方がおられますけれども、このco2の問題はipccが全くデタラメな情報を出してやってきたということがもう世界では常識化しつつあります。ですから、鳩山さんの25%なんていうのは全くトンチンカンな話であるんですけれども、それでもなおco2の話をまだ自民党もしますが、co2が問題じゃなくて、環境面でいちばん問題は、資源がなくなる、食糧がなくなる、そういう話なんです。もっと言えば、地球上のこの閉ざされた空間の中で、50億、60億どころか、100億になって、それがぜんぶ近代化して果たして成り立つのかという話なんですよね、これは。
 だから、この問題を考えていくと、結局は、それぞれの国にふさわしいいき方があって、世界全体を市場にして巻き込んでやっていくというやり方は、当然、破綻するんですよ。しばらくの間、新しい市場が出てきましたから、中国という新しい市場は共産市場からこっち側(西側)に入ってきてどんどん伸びてますから、これからしばらく成長するでしょう。だから日本はみんなうらやましいと思っています。ところが、間違いなく中国は破綻に向かって進んでいってるわけですね。
 日本はといえば、ありがたいことに人口は伸びないんですよ。人口が伸びないということは、経済成長がしない。というよりも、しなくていいという話なんです、逆に言うと。経済成長しなくても、人口が減ってきたら、逆に言えば、同じgdpであっても1人当たりのgdpは増える。これが、日本が借金国なら、つまり債務国なら、借金がたくさんあって、それを小さな人数で支えていくんですから、借金だけがのしかかってくるわけですね、子孫に。ところが、日本は借金国・債務国ではなくて、債権国である。つまり財産を持ってる。国債を発行してるけれども、その国債は国内で賄っているわけでありますし、対外的には資産を持ってるほうでありますから、債権国なんですね。
 つまり、お金持ちの国が子どもが少なくなってくるとどういうことになるか。結局これはいちばん得なんです。それを一番わかりやすく言うと、皆さん方、これから少子化になってくると、どういうことになるのか。結婚しても夫婦で子どもは1人しか産まないという時代ですね、極端に言うと。今まででしたら、3人、4人、5人産んでたんですよ。それが、子どもが1人になりますね。その子どもが結婚して、孫ができます。それもまた1人です。そうすると、その孫は、自分の家と、両親の家と、おじいさん・おばあさんの家、1人で3軒分の家を相続することになるんです。債権国というのはそういう意味なんですね。つまり、1人の孫が親の財産とおじいちゃんの財産まで1人で相続できちゃうんですよ。今までの場合は、5人も6人もいましたから、自分だけではもらえないから……長男がもらって、あとは次男、三男、また働いて買いなさいよという話なんですが、これからは、働かなくても、形の上でいうと、おじいちゃん・おばあちゃんの財産が、2軒ありますね。奥さん方も入れると、それに自分の両親の持ってるその家と、3軒も相続するという話なんですよ。ですから、形の上でいうと全く問題ない。ただ、それだけで何の問題もないということではありません。ですけれども、よく考えてみると、債権国で子どもが少ないというのは深刻な問題にならないということです。
 ただ問題は、高齢化といいますか、人口構造が極端に変わってくる。今までは裾野がどんどん広がってきた。子どもをたくさん産んでピラミッド型になってますから、人口が増えて経済成長して、税制においても、ある一定の所得税率をかけておいたら自然とパイが大きくなって税金が自然増収になる時代だったんですよね。
 ところが今、同じような税制の構造をしていたらパイがどんどん小さくなる時代ですから、入ってくる量が少なくなります。しかも逆ピラミッドになりますから、給付するのが増えます。だから、この構造が変わってますから、財政の構造は変えるべきだったんですね。税制を変えて、もう少し税率自体を上げて国のほうに取る話をすべきであったのに、この時代、構造改革のときに言ったのは、さかさまに言いだしたわけです。さかさまに言いだして、税率を下げちゃってしまって。少子化になってきてるのに税率を下げちゃってしまったわけですよ。それはなぜかといえば、税率を下げないと……構造改革というのはまさに自由競争をどんどんやっていきましょうという発想ですから、税率を下げることによって民間が活力を持ってよくなるはずだという形でやってきたんですよ。だから、初めの発想が間違っていたと私は思っています。
 そして、そのやった結果はどうなったのか。民間におカネをたくさん渡しました。渡したけれども、日本はいま言いましたようにピラミッドの底辺が伸びてくる国じゃないんです。国内で投資する先がないんです。じゃ、どこにいくんだと。当然、中国とか海外に投資します。海外に投資した人はそれでおカネもうけをします。トヨタにしても中国でつくったのが多い時代になってきている。もちろんその配当は日本国内に戻ってきてgdpを押し上げるところもありますよ。しかし、雇用はいっこうに生まれないんです。結局は日本にとっては、産業の空洞化ということが……いちばん大きな問題を生んでしまったわけです。構造改革論でいきますと、産業の空洞化にどんどん拍車をかけてしまうわけなんです。
 そうじゃなくて、日本はそもそも、まず少子化、これは決して危険なことではないんだと。極端にいま振れてますから、極端なこの振れはちょっと調整する必要がありますけれども、人口減少社会を恐怖としてとらえる必要はない。むしろ、人口がどんどん、際限なく増えていくアメリカ型の仕組みのほうが、まさに破綻に向かって進んでいくんだと。
 要は、日本はもう一度、お金持ちの国なんですから、海外のおカネに頼らなくても、まず国内で税率を上げて、国内で再投資をする仕組みをつくって、みんなが支え合う。そして、いちばん大事な国防も自分たちでやるんだというね。自分たちが自分たちで国を守ってお互い支えあってやっていくということを……財政の面でも経済の面でも、精神の面でも軍事の面でも、みんながそういう方向で方向転換さえすれば、成り立つ国なんですよ。
 ところが、そのことを忘れてしまって、いたずらにアメリカ型の経済成長を前提とする社会を求めてしまった結果、現実と大きな齟齬をきたすようになってしまった。それが今日の日本の現実だと思うんです。だから、小泉さんが悪いとかいうのを私は言いたいんじゃなくて、まさにそういう時代背景で日本はやってきたんだけれども、この20年でもう結論は出てるじゃないかと。10年ぐらい前にもう出てるんですよね、本当は結論が。なのに、その総括をいっこうにしないで今日まできている。
 民主党は、構造改革は反対だと言っています。そして、郵政の民営化も反対だと言っています。それは野党として与党に対する反自民ということで言ってきただけで、じゃ、彼らの政策は何なのかといえば、全く整合性がとれていない。財政においても経済政策においても福祉の面においても安全保障の面においても、そしていま言った国民の精神、その形の面におきましても、全く何の議論もしていないし、自民党方が言っていたことの矛盾点を衝いてるだけの話なんですよ。
 問題は、自民党の中でこの矛盾点が一体なぜ出てきたのかということを総括する議論が一度もなかった。これを総括さえすれば、もう一度日本は、少子化であってもやっていける。中国がいくら大きくなろうとも、彼らはいま破綻に向かって進んでいると言えば彼らには悪いけれども、まさに本当にそうなんです。行き詰まるんですよ、これは。そうじゃなしに、日本の中で自分たちのおカネと技術を回していけばできるようになるじゃないかと。食糧とかエネルギーの自給率も、人口が減ってくるということは、賄うべき食糧とエネルギーが少なくてすむということなんですよ。発想を変えて考えるべきなんです。そして、省エネ技術というのはco2を削減するためじゃなくて、今までたくさん輸入してきてそれは日本の中でゴミとなってるけれども、その中に実は……今まで廃材はぜんぶ中国に送ってやってますけれども、よく考えれば、それをもう一度日本の中で回す仕組みをつくっていくほうが、多少効率は悪くなるけれども、将来的には必ず、よそに頼らなくても資源とエネルギーができるようになるじゃないかと。
 そういうほうに国全体が発想を変えて、そういう意味の助成をやっていくと……世界全体が、結局は日本がいま向かってるのと同じ方向にいくわけですから、中国だってアメリカだってほかの国だって、最終的に行き詰まってしまうわけでありますから、そのときに日本が、いわゆる新鎖国主義といいますか、自分たちの国で自給できるシステムをつくり上げてやっていくことが、世界全体にとりましても非常に大きなインパクトを与えるこれからの国の在り方――価値観も含めて――になるのではないか。これが、われわれ自民党が保守政党として国の形を守り、将来に、子どもたちに間違いなく国を伝え、世界にも平和に貢献でき、一番あるべき方向だと思うわけなんです。それができる条件があるんですよ、日本には。日本にはその資格があるし、またそれをする使命がある。ここをぜひ自民党の一番の大きな目標として、国の形としてやっていただきたい。
 特にこの清和政策研究会自身が、ある意味でいいますと構造改革の本丸を自認してきたわけでありますから、むしろこの我々の中からこういう声を上げて、政策の大きな方向転換をしなければなりません。そして、民主党政権はあと3年も4年ももつはずがないんで、政界再編の話に当然なってきますが、そのときに、単に反小沢・反民主――こういう形だけでやったり、成長路線だとか上げ潮路線だとか、小さな政府、大きな政府とかいう、その部分、部分じゃなくて、安全保障から食糧から経済から財政からすべてトータルで考えた国の形というものを議論していかないと、絶対ならないと思うわけでございます。
 とりあえず私が日ごろ思っておることを話させていただきまして、本当に感謝に堪えません。ご清聴いただきましてありがとうございました。

下村政策委員長
 ありがとうございます。西田イズムというか西田哲学を……ひとことで言うと「新鎖国主義」ですかね。
西田政策副委員長
 そうそう。

下村政策委員長
 前、長勢(甚遠)先生も、江戸時代――ああいう時代が本来は最高の日本のシステムであるということをご発言されたことがございましたが、この「新鎖国主義」についてはこれからの時代においてはそうとう議論があるのではないかと思います。


質疑応答
柴山昌彦政策副委員長
 西田先生とはいつもいろいろとお話しをさせていただく中で、恐らく今日のようなお話しをされるんだろうということを想定して、私、ネクスト・ジャパンのメンバーではありますけれども、今日だけは絶対にこの政策勉強会に出席しようと、前々から心に決めてやってまいりました。
 要は、日本の進むべき哲学として、いま西田先生がおっしゃったような新鎖国主義をとるのか、あるいはやっぱりグローバルな経済の中で日本が豊かさを、もちろん環境との調和ということを目指してはいくんでしょうけれども、目指していくのかという選択の問題だと思います。どちらが間違いということはないんだと私は思っています。
 ただ、新鎖国主義をとった場合に、日本がかつて江戸時代のように外国の中で取り残されてしまい、西田先生は国防というお話しをされましたけれども、結局、国防に回るおカネも十分にかせぐことができずに、場合によっては、日本は島国でありますけれども、例えば外国の植民地になってしまうかもしれない。そういう中で、やっぱり国力を増強するためにいかに国を豊かにするかということを考えていかなければ、国を守ることもできないんじゃないかという危惧が私はあるんですね。確かにこれまでの日本のモデルというものは成功してきました。でも、その背景には、外国に比べて非常に低廉な人件費というものがありました。そして、教育の部分については恐らく西田先生とけっこう共通すると思うんですけれども、勤勉な我々の在り方というものもありました。
 そういう中で、じゃ、昔の日本型の護送船団方式というものが維持できるのか。特に、ここまで豊かになって、低成長にならざるを得ない時代に、限られたパイを配分し合う中で、ムダということをきちんと削減していかなければ……私も最終的には増税は仕方がないと思いますけれども、結局、その増税の幅というものも外国と比べて過度のものとなってしまう可能性があるわけで、そうなった場合には逆に、外国への邦人流出とかそういうことも加速をしてしまいかねないと思うんです。
 だからやっぱり、社会の構造転換というものはやっていかなければいけないし、また外国との競争ということにも勝っていかなければいけない。そしてそのために必要な改革ということをやっていかなければいけないと思っています。平等で新鎖国策をとる一方で、活力というものがない国にするのか、あるいは厳しい中ではありますけれども常に進歩を目指し、資源の再配分、そしてムダというものを見ていく、そういうやり方にするのか、そこは本当に国策の問題だと思います。
 そして一点申し上げさせていただくとすれば、確かにアメリカ型は間違いだというふうに言われてますけれども、サッチャーがいったん英国病を克服して、いきすぎた改革によって格差それから底辺の人たちの苦しさというものがあったんですが、ブレアがとった第三の道というのは、結局はその改革路線というものは継承しつつ、その底辺の人たちの教育の充実というものを行っていたということで、実は形を変えた構造改革路線の修正だったというように思うんです。安倍(晋三)内閣の再チャレンジという路線も、結局のところは、小泉改革の基本的な線は維持しつつも、そういった再チャレンジのためのインフラ整備ですとか教育の改革だとか充実とか、そういうことを目指していたものだと思うんですね。
 清和政策研究会というのは、一致結束して郵政改革については進めてきた、西田先生がおっしゃるようなグループですし、教育の問題についても、森(喜朗)先生、そして下村先生はじめ、本当にそういうことを重視するグループでもありました。西田先生が当選する前に、稲田(朋美)先生も含めて全員が郵政改革に賛成という形で闘ってきたということで、教育の充実と構造改革というものは、100%成功とは言えなかったかもしれないけれども、引き続き私たちのグループとして守っていかなければいけない、そういう路線なのかなとも思います。
 それに、労働組合はアンチ小泉ということを言っているわけです。やっぱり競争型ということになってしまうと労働者の暮らしは守れないという中で、労働組合の人たちもアンチ小泉を掲げてやってきてるわけですから、民主党がすべて構造改革ということに対してシンパシーを持っているわけではないと思ってます。ただ、民主党がムダ撲滅ということを前面に立てることによって構造改革に対する深刻な党内亀裂というものを押さえて国民の拍手喝采を浴びようとしていて、そこの部分の対立を隠しているというように思うんですね。
 ですので、私は政界再編ということも将来的には視野に入れざるを得ないのかなというふうに思ってます。そういう部分で西田先生とは若干、路線の違いというものはあるのかなというように思ってます。
下村政策委員長
 西田先生の言われる新鎖国主義というのとグローバル主義というのが全く対立……どうするのかですね。
西田政策副委員長
 じゃないんですね。
下村政策委員長
 それから、グローバル主義とアメリカの言うグローバル主義というのもちょっと違うんじゃないかと思いますから、ある意味では、グローバル主義というか、アメリカ至上主義に対する対峙だと思うんですが。
 それから、そもそも自主憲法制定等、あるいは日本国家は日本人が守るべきだという自主防衛論も含めて、これは別に新鎖国主義ではないというふうに思うんですけれども、経済における新鎖国主義というのが果たして今のような国際化社会の中でどう通用するのかどうかと。時代を、時計をまた前に戻すということは不可能なわけですから、これからの中で、やはり政治というのは今のお話のように、国民の豊かさをどう追求するかと。つまり、新鎖国主義のほうが日本国民にとって間違いなく豊かになるという方向性が見えれば、それは一つの大きなアプローチとして訴える部分としてありますが、貧しくても平等で清く正しく生きればいいんだということではなかなか国民の理解が得られない。ちょっとそのへん詳しくないですね、話として。
西田政策副委員長
 「新鎖国主義」という言葉が、言ってしまうと、何か長崎の出島でしか外国と交易しない、ああいう感じを思い出しますから、あまり言葉として的確じゃないんですね。だから、「新鎖国主義」という言葉はやめたいと思うんですが、要するにグローバリズムに対してもうちょっと日本の国柄を守っていこうということだというふうに思っていただければいいと思うんですね。
 それで、柴山先生がいくつか問題点をおっしゃいました。
 まず、国自体が守れないんじゃないかという話ですが、これは、日本のような国でこそ絶対に核武装すべきなんです。といいますのは、日本はいま50基以上の原子力発電所を持っているわけですよね。原子力発電所を持ってるということは核兵器を持つ資格があるというか、持たなきゃダメなんですよ。といいますのは、原子力発電所――福井県にいくつもありますが――に通常ミサイルをボーンと撃ち込まれただけで、核爆発しちゃうじゃないですか。とんでもない話でね。ですから、原子力発電所を持ってる国は当然、核兵器を持ってるんです。持ってないのは日本だけじゃないですか? そもそもそれ自体がおかしいんですね。それを、アメリカに守ってもらってますということをやってますが、それはまさに論理破綻をしまして、アメリカが守るというのは、日本にもし核兵器を撃つ国があったら、報復の核をアメリカが撃つ。しかしアメリカがその核を撃ったら、そのアメリカに対して報復の核が必ず飛ぶという、こういうことなんですよね。アメリカに対しては、アメリカが当然撃ち返しますから撃たないですけれども、日本に撃ち込まれても、アメリカに撃ち込まれてないのにアメリカが撃ち返すと、そのことによってアメリカ人がもう一度撃ち返されるリスクを持つわけですよ。こんなことは選択できるはずがないんです。あり得ないんです。あり得ないことをあり得るというふうに思考停止に押さえてしまってるわけでしてね。それはもちろん、核を全く持たずに、我々はとにかくどんどん核を何発撃っても平気ですというなら、これもまた恐ろしいですから、恐ろしい国としてビビられるのかもしれませんが、要は論理破綻してますのでね、原子力発電所を持ってる段階で。だから、早急にこの議論は絶対すべきで、そしてそれを何発か持つということをまずすべきだと思うんです。まず議論としてもすべきだと思います。
下村政策委員長
 核兵器は核兵器で重要な議論ですが、とりあえずそのぐらいでちょっと進みましょう。
西田政策副委員長
 それがあるんですが、もう片方の構造改革の話で言うと、先程から言ってますように、ムダの話をおっしゃってるんですけれども、日本の問題点はムダじゃないんですよ。ムダが多いとかじゃない。日本の問題点は、国民の負担率が極端に低いということが問題なんですよ。日本はgdpに対してたしか4割ちょっとだと思うんです、国民負担率が。これよりも低い国なんてアメリカしかないんですよ。アメリカはなんで低いかというと、国民がまだ若いですし、どんどん移民が入ってきて人口が増えてるんです。だから、成長路線にあるんですから、国民の負担率が低くても裾野が広くなって構えられるという仕組みなんですよ。
 ところが、さきほど言いましたように、日本は人口が増えないんです。それで、増えることを選択するべきじゃないんです。日本は均衡でやっていくということを選択すべきなんで、「鎖国」というのもつまり「均衡」というふうにとっていただきたいんですよ。「新均衡主義」というふうに言ってもいいと思います。そうすると、均衡させていこうと思うと、当然のことながら、国の中に富があるわけですから、富の循環の構造をつくらなきゃならないわけです。税率それから社会保障の料率も含めて、取ることによって、取ったやつは必ずぜんぶ国内で循環するわけです。odaで出すなら別ですが、それも1兆円もいま出してない時代ですから、500兆円のgdpに対して4割しかないのを、もう少し、10%、国民の負担率を上げるだけで、そもそも財政の問題というのは基本的に解決するはずなんですね。それを上げるという話が、何か、ムダを撲滅してからでないとやってはいけないという話はちょっとおかしな話で、「ムダ」の定義が何かというのが……ムダというのは何となくみんな悪いなと思ってるんですが、「ムダ」は何かというのは非常にわからないわけです。
 それともう一つ大事なのは、日本の国内の政治でいうと、規制緩和をした結果、何になったかというと、国土計画を国ができずにぜんぶ地方に渡してしまった。これが決定的な失敗だと思っています。するとどういうことになるかというと、東京にどんどん人口が集中する仕組みをつくってるんです。いくら過疎対策をしましても、日本の人口が減るんです。減る時代に首都圏で人口が増えたら、どないなことをしても地方は減るんですよ。だから、地方に分散させていこうと思ったら、都市計画で規制をかけて、首都圏にはこれ以上、極論を言いますと、建物を建てられませんと。何十階の高層ビルは建てられませんと。容積率を下げるわけです。下げるとどうなるか。自動的に、首都圏にいた人口はよそに戻らな仕方なくなるわけですよ。ちょっと極端な議論ですけどね。そうしたほうが、東京におきましても……東京は今どんどんまだ人口が増えちゃうから、せっかく都市計画でできた機能がまだ足りないから、またもう一本、同じところに同じ線路を引くとか、屋上屋を重ねるような社会資本整備をしなければならない。それでどんどん発展してるんだけれども、最後はこれは、地震とか大災害……特に日本は地震が絶対避けられない条件があるんですよ。日本全国どこでもありますが、首都圏におけるこの集中は、大災害をもたらしてしまうし大損失をもたらす。そういうことなんです。
下村政策委員長
 いろいろと言いたいことはあるのでしょうが、構造改革をちょっと……。
西田政策副委員長
 だから、そういうように、構造改革路線というのは規制をはずすことだけれども、規制をはずした結果、首都圏に集中するということを言ってるわけです。逆に、規制をかけて首都圏に人口を集中しなくしたら、地方に回っていくわけですね。だから、ムダをなくすんじゃなくて、むしろ税金を取って強制的に内需を喚起する仕組みを作り出していく。そして都市計画も、国家のほうに権限を持たせもう少し、首都圏、大都市部に建てられないようにする。そういうことも含めたトータルの国づくりの規制をかける必要があるんですよね。それをほっとくと、どんどん首都圏に集中するんです。それは首都圏にとっても不幸になるということを言いたい。
柴山委員
 国民負担率が低いのは全くおっしゃるとおりで。ただ、それは直間比率を見直すということと併せて検討していかなければいけないと思います。だから私は、景気が回復すれば消費税の税率引上げというものは避けられないというふうに思っています。
 ただ、その税率引上げが何%でいいんだろうというところがまさに問題で、実は中川秀直先生が政調会長のときに、歳出改革の徹底的なレビューということを党内挙げてやっていたんですね。それで、要対応額、つまり消費税の引き上げ額が当面2~3%ですむような形の歳出削減ということを目指して、そういった具体的な計画プランも出されていました。さっき言ったように、空洞化ということをなくすためには、直接税の引き上げということは急にはできない。とすれば、やっぱり消費税のほうを上げなくちゃいけないという、恐らくそういうことだったと思いますけれども、国の経済に対するインパクトということを考えた場合に、歳出改革ということを行っていかなければいけないし、歳出改革というのは、確かに西田先生おっしゃるように、ムダの撲滅だけではできない部分もあります。だからこそ、例えば民営化とかそういうことを行っていかなければいけないということが実態でして。実際に、郵便切手が例えばどんどん値上がりしていったのが、公社化に伴ってそれのペースが止まったということもありますし、この民営化ということの路線には私は一定の評価というものはあるんじゃないかなと思うんです。
 あと、いま最後に西田先生がおっしゃったような、分権ということは確かに一極集中を加速するという副作用があり得ることは事実だと思うんです。だからこそ、例えば道州制をつくり、国土の均衡的な発展をしっかりと行っていかなければいけない。
 あと、この後のマニフェストでも恐らく議論が出てきますけれども、it遷都というようなことで、インフラ整備をやらなくても地方に機能移転をして、そこが成長の核になるということも、いろいろ知恵を絞って、限られた財源の中で地域を発展させるということもやっていかなければいけない。従来型の公共事業への過度の依存ということではなくて、そういうこともやっていかなきゃいけないと思っています。民主党は公共事業18%切りましたが、小泉改革時代は年間3%ずつの削減でしたから、むしろ民主党のほうがそこらへんは戦略がないのかなと。
下村政策委員長
 ちょっとテーマを絞りたいんですが、国民の豊かさというのをこれからどうつくっていくかという中で、今、じゃ、その経済をとらえるかということの話でもあると思いますし、そういう延長線上で……。
稲田朋美政策副委員長
 先生のお話を聞いていつもなるほどなと思うんですけれども、構造改革の定義が市場原理主義だったりアメリカナイズだったりすることには反対なんだけれども、でも、立党精神に書かれている真の改革だとか効率性ということがどうしていけないのかがいつもわからなくなるんですね。やっぱり歳出、歳入、両方の改革が必要で、国民の負担率を上げるというのはそのとおりだと思ってるし、でも効率性ということも追求しなきゃいけないんじゃないかなと。そこでいつも先生の話が途中でこんがらがってきちゃって、どうして効率性ということがいけないのかなという部分はどうしてもわかりにくいので、そこをもう一回教えていただきたい。あと、債権国だとおっしゃったけれども、みんな国民が国債を買ってることも事実なんだけれども、借金は増え続けていってるし、国民の総金融資産も徐々にではありますが減ってきているわけですから、そんなに安心しているのではなくて、財政再建ということもきちんとやっていかなきゃいけないんじゃないかなと思います。あと道州制の問題と公務員改革についても説明してもらえたら……。
下村政策委員長
 盛りだくさん。
西田政策副委員長
 いつもかみ合わないのは効率性の話で、「効率性」と言いますが、「効率性」っていったい何をもって言ってるのか。例えば、有限の社会の中におきましては、多少高くても使い回しするほうが本当は効率性がいいことになるんじゃないですか? つまり、アメリカ型の言ってる効率性というのは使い捨てなんですよ。今あるものをどんどん使って、今あるものよりもよそから買うほうが安かったら、その効率はいいんですよ。わかります? 自由貿易論というのは、まさにそういうことで伸びてくるんです。効率がいいんです、社会的には。
 ところが、いちばん大事なのは、自由貿易をやっていくと最終的には、どんどん……市場が広がっていくんだったらいいんですよ。閉じた中では、極端な東京とのバランスの悪さも出てきますが、世界的にも同じことが起きてくるんですよ。要は、自分の国の中でどれだけモノを回していくかというのを選ばないと……そのほうが、目先の効率は悪いようで、結果的には大事になってくると。ひとことで言えばそういうことなんです。
 私はなぜそう言うかというと、要するに、有限なんでしょうと、この社会は。無限に食糧とエネルギーと資源があって、次々フロンティアが出てきますというなら、アメリカ型の社会で、皆さん方がおっしゃる話でいいんですよ。ところが、そうじゃないということがこの何十年かで証明された現実なんです。また、さきほど言いました、20年前から言われてる人口問題も何も変らないんですよ。世界の破綻のいちばん大きな問題なんですから。それを考えると、発想を転換していただきたいということです。
 結局どういうことかというと、効率性よりも、国内でみんなでどう負担し合って日本を破綻させないかというお話なんです。日本を破綻させない論理をつくらなきゃならない。そのためには負担が要りますということです。多少高くなります、経済の発展も鈍ります、しかし破綻しませんと。それか、目先は確かに成長します、先はよくわかりません、しかしそれは、技術改革してブレークスルーでいけるだろう、それでいいじゃないかと言っていくか、そこの将来に対する見極めの仕方がちょっと違うんだと思うんですね。さきほど言いましたように、地球の中では有限である、だからその中でどうやっていくのかということを見据えておかないといけない時代じゃないのかということですよ、私が言いたいのは。
 それと、地方分権の話ですよね。これは、道州制の話もそうなんですが、道州制であろうが何であろうが、いちばん大事なのは、自分の国を自分で守るという、自分の国の愛郷心ですよね。それがなければならないんです。愛郷心というのはどこから出てくるのか。これははっきり言いまして、長いこと住むということ以外ないんですよ。長くそこに住んでるということです。移動がどんどん、動くのが前提なんて社会はないんですよ。地方自治もたとえば首都圏で投票率が低いのはまさにそのことを象徴してるわけです。
 福井がなぜいいのか。やっぱり定住して長い間、代々住んでる人がいるからなんですよ。その仕組みをどう守っていくかというのがまず大事であって、そのためには、自由に競争させていきますという仕組みじゃないんですね。逆なんですよ。地方分権論とか地方競争、その延長線上に道州制が出て、道州制は地方自治をより効率化するという、そういう話で出てる発想なんです。初めから、入り口から、問題のとらえ方が私が言ってるのとさかさまのところからきてる話ですから、道州制は、はなからおかしなことになっちゃいますよと。つまり、道州制を導入することによって、まず財政的には、地方に配分される予算が相対的に今までより少なくなるんです。そのことを目的としてるんですから。その結果、地方はどうなりますかと。さきほど言いましたように、地方に配分されるおカネが多くなれば地方が活性化するのはわかりますよ。地方に配分するカネを少なくしてなぜ地方が活性化するのか。するはずないじゃないですか。だから、反対だというんですよ、議論の方向が。つまり、ムダに見えてるようだけれども負担し合ってるんですから。負担し合ってそこでおカネを回すというほうが大事なんで、効率化というのはさかさまだということなんですね。
下村政策委員長
 「新鎖国主義」の言葉じゃなくて、「均衡主義」。
西田政策副委員長
 「均衡」ですね。均衡ということだから。
下村政策委員長
 ただ、均衡がいいのかどうかという議論もかなりきちっとしなくちゃいけないというふうに思うんですね。
 それで、西田政策副委員長の問題提起そのものは共有できると思うんですよ。それは確かに、日本それから地球を含め、資源、あらゆるものが有限だということはすべの国民が共通認識として持ちつつある、今そういうぎりぎり限界の社会ですよね。その中で、今後、食糧問題、人口問題の中でどう日本が生き残っていくかというのはありますが、しかし一方で、その見極めとして、全く新たなフロンティア的な部分がないのかどうかというところについては、まだ科学技術の発展等の中でニューフロンティアがつくれるのではないかという思いも一方であるわけです。
 ですから、ひとことで言えば「新鎖国主義」的な表現で言われましたが、じゃ、これからのあるべき日本はどうなのかということについては、各論も含めてそうとう議論は必要だというふうに思いますし、そのへんをきちっと整理しないと、なかなか、今の民主党政権に対する対極として、国民が夢を持って期待をしてもらうような、政権奪還としての政策とか理念というのは見えない部分があって、それは今後の議論だと思うので、でも今日はちょっと時間がないので、パート2を……。
西田政策副委員長
 もうひとこと……最後に。いま下村委員長がおっしゃった話がいちばん大事なところなんですが、要するに幸せの形の問題なんですね、これは。進歩していくことが幸せであるのかと。もっと言えば、例えば医療技術でも発展してきますから、どんどん長生きしちゃうんです。私はだいたいそこ自体も非常に疑問なんですよ。つまり、これ以上延ばしてどうするのかと。結局のところ、保守というのは何だというと、どんどん進歩していくことによって自分の今までの暮らしが、今までいちばん大事だと思ったものが大事でなくなってきたり、有限と思ったものが有限でなくなってみたり、次々変化がいいことをもたらしてるように見えるんじゃなくて、本当はそれがおかしいんじゃないのかと。そんなことをしたら、そもそも人間が生きるということが意味がなくなってくるんです。人間、死ななくなってしまったら、次の世代は出ませんよ。そうでしょう?人間がもし死ななかったら、次の世代が生まれたら、それだけで地球がパンクですから。死ぬことによって成り立ってるわけですね。
 そういう意味で、保守というのは、技術の発展とか改革とかそういうものに対してちょっと懐疑的に見る姿勢が必要であってね。それはなぜかというと、長いことずうっとその地域で住んでやってると、そんなこと通じるかいという、普通の感覚ができてくるんですよね。日本はコメをつくって、毎年毎年同じことをやってきた。なにもそれを固定するのがいいと言いたいわけじゃないんですよ。しかし、少なくともそういうちょっと懐疑的になるのが普通であって。
 ただ問題は、日本がそうであっても世界がどんどん変わっちゃうんです、アメリカみたいに、中国みたいに。それに対して全く無防備でいるというのは具合が悪いんで、当然それに対する適応もしなきゃなりません。だから、それを全く否定するつもりはないんですよ。いたしかたなくそれはやらなきゃならないけれども、少なくともちょっと後ろに下がる準備もしながらやっていかないと、一直線で「そうだ!」といっていっちゃうと、おかしくなっちゃいませんかと。保守主義という主義があるのかどうかわからないんですけれども、保守というのはそういうことじゃないのかということなんです。
下村政策委員長
 成長そのものを否定されてるわけではないというふうに思いますが、成長の中にも光と陰、科学技術の発展にも光と陰があって、その陰の部分についてきちっと一つ一つ評価しながら、あるべき人としての豊かさというのを政治の中でどうつくっていくかということについては、今後もうちょっと議論をしていきたいと思っておりますので、今日のところはもう時間が過ぎましたが、ぜひパート2をまたさせていただければというふうに思います。
 ありがとうございました。



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