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政策委員会 第16回


明るい未来へ向けて
講師 中山恭子参議院議員

平成22年5月19日
下村博文政策委員長
 今回は中山恭子先生に「明るい未来にむけて」というテーマでお話をしていただくことになっております。それでは、早速よろしくお願いいたします。

中山恭子講師(参議院議員)
 このテーマはとても30分では話しきれないテーマですが、簡単なレジュメをお配りしています。まず初めに基本的な考え方、二つ目のテーマとして戦後シンドロームから脱却しなければいけないということ、3番目がどういう未来を考えますかという立て方になっています。
 基本的な考え方として、まず平和の維持を掲げました。お集まりの皆様はお若い方でいらっしゃるのでどういうふうに受け止められるかですが、私自身は戦前に生まれてまして、戦後の惨憺たる日本の状態を子供ながらも見ています。そんな中で、どのようなことがあっても平和を維持していかなければいけない、自分の子どもや若い人たちに平和の尊さを伝えなければいけない、それは私達の使命だろうと、そんな思いで過してきました。
 平和を維持するためには、外交力の強化、防衛力の増強などいろいろありますが、それ以前の問題として日本はあまりにものどかすぎる国であると思っています。日米同盟、拉致被害者の救出など、もっともっと真剣に取り組まなければいけない問題が放置されていると言っても過言ではない状況です。
 中央アジアの国、ウズベキスタン共和国の特命全権大使をしておりました経験をお話します。ウズベキスタンは国境を五つの国(カザフスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン、タジキスタン、キルギス)と接しています。直接地続きで隣国があるという国に住んでいますと、各々の国が自分の国の領土を守り、国民を守るということが明確でなければ、その国とは友好関係が結べない、安心してつき合えないということを実感できます。当然のこととして国民も国家意識を強く持っていますし、為政者は国をどうやって維持していくか、領土を侵されないように、国民が危害を加えられないように、また不法者、テロリスト達が侵入してこないように常に国境を警備し、常に国防を念頭において政治を行っています。さらに自国の中に社会不安を起こさないでどのように経済発展を遂げられるか、日本をモデルにして建国にまい進しています。
 まさに国と国の際で成り立っているのが今の国際社会ですから、国家として存在するためには、自分の国を守る、領土を守り国民を守るということが当然のことであり、それが出来なければ、その国は消滅してしまうということだと考えています。国際社会は非常に厳しく、甘えは決して許されない激しい世界です。非常に強い外交力、防衛意識を持っていないとつぶされてしまう、それが今の国際社会だということをしっかり認識した上で、自分の国をどういう形で守っていくのか、いつも意識していないといけないと思っています。
 先日、創生「日本」の勉強会で、中西輝政先生が自主防衛ということをそろそろ日本としてしっかり意識していくべきではないかとお話になっていました。大いに参考になると思いますので、皆様も是非講演録をお読みいただきたいと思います。
 また私自身、関わりました拉致問題についても自国の国民を守るという意味で拉致被害者を必ず救出しなければならない、かわいそうねと言うだけではなくて、国家としてこういったことを許しておいてはいけないという意識で取り組んで参りました。
 さらに、現在の国際社会の重要な問題として国際テロの問題があります。イデオロギーの対立がなくなった現在の国際社会の中で、国際社会の一員としての国家ではなく、テロ集団、テロリストたちが非常に危険な動きをしているということをしっかり認識していないといけないと考えています。中央アジアの場合ですとタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの3カ国がアフガニスタンと国境を接しており、アフガニスタンの中で巣くっているというか、大きな勢力を持っているテロ集団に対して、徹底した情報収集を行い、非常に注意深く対応しています。
 中央アジアの政府、特にウズベキスタンの中枢の人々は、アメリカの2001年9月11日のテロをほとんど予見していました。イギリス、ロンドンのテロの時も警告を発していました。彼らは情報を持ってテロ集団と対峙しています。この国際テログループについての話題の中からもれてきた話ですが、ある時、日本はこのテロ集団の対象外かと聞いてみたところ「そんなことはありません。日本も全く同じと考えています。日本は原子爆弾の被害を受けた国であるということを知っており、特殊であると見ている面はありますが、だからといって、今の日本を対象から外すというつもりはない」という答えが返ってきました。
 こういったことも含めて、今日のテーマから外れますが、自主防衛の問題も中西先生のお話などを参考にして真剣に考えておく必要があるでしょう。
 国の守りを考えるとき、直接的な防衛の他に、やはり経済力、それから文化力が平和を維持する上で大きな力を持つと考えています。経済と文化を車の両輪として日本は政策をたてていくべきであると思っています。
 もう一つの基本的な考え方は自由主義体制の維持です。日本で、これまで、このようなことを言う必要はないと思っていましたが、今の民主党政権になって、やはり独裁の可能性は常にあるのだということを改めて思い知らされました。自由主義体制を維持するということは、ファシズムを阻止する、ファッショを絶対許さないということを日本国中、全員が心に決めていないといけないと考えています。
 ファシズムの恐ろしさを日本ではほとんど知りませんが、例えばナチスは民主憲法のもとで出現しました。ワイマール憲法のもとで生まれたのがナチス独裁体制です。ナチスもスターリンも、正確な文言ではありませんが、「自分たちは選挙で選ばれました。選挙で選んでくれて有難う。自分たちは一生懸命やっていきます」というのが最初の言葉でした。美辞麗句が並ぶ演説です。今の政権も同じだと見ています。「国民お一人お一人の」とか「皆さまの思いを」とか、歯の浮くような美辞麗句が並ぶときは気をつけないといけません。これまでの歴史を辿れば、社会主義政党はその性質上独裁と結びついた政党となると言えるでしょう。この政権の動きは独裁体制に入っていくときの流れであることは明らかです。
 また、よく「政治主導」という言葉が使われますが、この政治主導は前回の選挙に当たって、官僚バッシングをし、官僚をつぶす、官僚をつぶすということはイコール官僚に頼って仕事をしてきた自民党はだめなんだという選挙のプロパガンダに使われたものと考えています。
 民主党の言う政治主導は、即ち党主導ということです。日本は明治の始め以来、権力が集中しないように三権分立の体制をとってきました。民主党は三権分立ということは憲法に書いてないと言いますが、憲法は日本の体制として、権力集中を避け、行政権、立法権、司法権を明示しています。民主党は立法府の中の会議においてすら政治主導が必要だと言っています。論理矛盾です。行政府に対しては徹底した統制を敷き、それが政治主導だと言いますが、それは政治主導ではなく、民主党が党主導を行うということを紛らわしい言葉を使って言っているだけです。政治主導イコール民主党主導、つまり民主党、党独裁制を取りたいとの考えが根底にあると言えます。
 この民主党主導の考え方は中国やソ連の体制と全く同じです。中国と交渉するとき、例えば中国側の外務省の人と話をしても何も決まらない。交渉権限を持っていないため、決断できない。その少し離れたところに党の人がいて、彼が決断してもの事が進むというのが中国と仕事をするときの常です。民主党も行政府には権限を与えないで党がすべて仕切っていく、一党独裁の体制がこの政治主導という言葉で表わされています。言葉に惑わされずに、しっかり見極めて対応することが肝心です。自民党の方々が政治主導という言葉を使うこと自体がポピュリスムに踊らされていて、本意がわかっていないのではないかと考えたりしています。
 自民党は、昭和30年に結党しました。誕生したときの目的は、(1)共産主義、社会主義勢力を排撃すること、(2)日本経済を発展させ、福祉社会を建設すること、(3)自主独立と憲法改正を行うというものです。この三項目を目的として自由民主党が誕生しました。現在の状況を見ますとどれもまだ達成されておりません。そういった意味で、自民党として真の主張をしていく上では、この昭和30年のときの心意気も顧みながら行動していく必要があると思っています。(「真の保守だけが日本を救う」参照)
 大きなテーマの2番目に戦後シンドロームからの脱却を掲げました。1951年にサンフランシスコ講和条約が締結され、1952年に発効して日本は独立しました。終戦を迎えた1945年から52年までの7年間ですが、この間、日本は占領下に置かれておりました。
 どういうことが起きていたかというと、日本の伝統文化をすべて否定するとの政策が取られました。このような状況はソ連も同じです。ソビエトが力を持ち、各地域の共和国をソ連邦としましたが、そのときソビエト革命政府はそれぞれの国、地域の伝統文化をすべて否定しました。日本も敗戦後、日本の文化、伝統というものはすべて否定され、悪であるということを徹底して教え込まれました。小学校ではお習字の授業がなくなり、剣道など日本の武道も大学まで一切教えることはできなくなりました。日本もそういう時期を経験しています。
 その頃勢力を持ったのが日教組。終戦直後から、ソ連のコミンテルンの指示を受けて勢力を拡大しました。このときのコミンテルンの指示は日本で武力革命を起こすようにということでした。日教組は武力革命的なことはできませんでしたが、その後組織として共産主義思想を長期にわたって、日本国内に広めるという活動を続けています。
 それまでは先生は尊敬される人々でしたが、日教組は、先生は賃金労働者であるという主張をしています。現在の教育問題はここに原点を発し、日教組による自虐教育が終戦直後から現在まで長期にわたって行われてきているという極めて憂慮すべき事態が現に、目の前にあるということです。
 私自身、ウズベキスタン共和国の大使をしておりますとき、ウズベキスタンのカリモフ大統領が、主人中山成彬との会談の中で「日本は戦後シンドロームから抜け出して世界に大きく貢献する時期になっている。早く立ち直って本来の日本を取り戻してほしい。中央アジアは日本のプレゼンスを待っています」と発言されました。2001年11月のことです。このような意見はカリモフ大統領のみならず、これまで接した多くの外国要人からも伝えられました。歴史をしっかりわかっている世界の識者の人たちは、日本が戦後シンドロームから早く回復してほしい、それを期待して待っていると考えていることをひしひしと感じ取ることができました。
 戦後シンドロームからの脱却というのは何を意味するかというと、一つはやはり自主憲法の制定であると考えています。自主憲法と言っても、今、保利耕輔先生を中心に自民党内で非常に深く研究していただいていますが、あくまでも平和憲法であるということです。そして天皇は象徴天皇であり、象徴天皇であって元首である。総理大臣が元首ということではない。国際社会ではすでに総理が日本の元首と考えている国は全くないわけでしてそのことを憲法で明記するということです。それから自由主義体制の維持、安全保障、基本的人権、三権分立といった重要事項について識者の意見を聴きながら自民党内で議論を重ねて来ていますので、近い将来、自主憲法の制定を進めて行けるでしょうと思っています。
また伝統文化を尊重する社会をつくる。そして健全な家族、豊かな地域社会の再構築を推進することであろうと考えています。
 この基本的な考え方を基にして、では明るい未来に向けてどのような政策をとるのか。考え方の基礎をしっかり持っていれば日本の明るい未来は十分描けます。今、技術革新のうねりを日本がしっかりつかみ取り、世界をリードすることを目指す、そういう時期であると考えています。今の技術革新の流れは非常に大きなうねりと見ています。18世紀の英国の産業革命に匹敵する技術革新の時代であると思っておりまして、日本がしっかりうねりをとらえて世界をリードすることを目標とし、このことを意識して政府も民間も一般の人々も力を合わせて動いていく必要があろうと考えています。
 やることはいっぱいあります。科学技術の振興、ここに集中して予算をつける。太陽光発電、風力発電、電池の開発、宇宙・海洋開発などなど。そして道路網や航空路の整備、港湾整備、電柱の地中化や共同溝の拡張など公共事業として推進する必要があると思っています。バイオもそうですね。スーパーコンピュータ、これは必ず日本で世界一の作業をできるようにしないといけないと思っています。環境、気候、医療、農業、ロボット、いろいろありますが、こういった分野の最先端技術への集中投資を行って、世界の中で技術革新を日本がリードする態勢をしっかり創らないといけないと思っています。
 また国際標準化を日本の基準で行う。例えば蓄電池からスマートグリッドまで日本が他の国に先んじた力をつけて、国際基準を日本の基準でとらえることができるようにやり遂げないといけないと思っています。
 こういう動きの中で日本が変わるもう一つのテーマとしては、住宅政策があると思っています。これからの建築についてはすべてエコ住宅、エコ関係のあらゆるものを備えた住宅を公的な住宅についてはできれば義務づけていくことも検討できればと思います。
 次に三世代住宅を掲げていますが、これからの住宅政策を検討するときに、エコ住宅を義務づけると同時に二世代、三世代の住宅を常に考慮するというものです。今、建築の技術が進歩し、内部を自由に変えられる建築手法もありますので、そういったものを使って核家族化してしまった家族を、核家族を解消する方向へ持っていきたいと思っています。少子化対策でもあり、高齢化対策の一つでもあり、家族の絆をもう一度しっかりしたものとするための政策にも大いに役立つと考えています。日本の明るい未来を作る基本となる政策の一つに住宅政策を置いていいと思っています。
 関連して、少子高齢化に対応する福祉国家の建設について、具体的施策を打ち出すために、みんなでもっと考え、議論をし、体系だった政策を作り上げなければならないと思いますが、例えば子どもの医療無料化、それから80歳以上の人々の医療無料化。80歳がいいか85歳がいいか、主人は80歳以上では財政面からみて無理だろう、85歳以上の医療無料化を図るべしと言います。80歳なり85歳になったら国が生活の面倒をみますという政策を取れないだろうか。まずは医療の無料化に関する施策を打ち出したいと考えています。また消費税の増税の必要性を議論するなかで、80歳なり85歳以上の人たちは消費税の例外とするといった対応を検討しては如何かと思っています。
 この問題についてしっかりした対策が取られていれば、将来年を取って病気になったらどうしよう、看護をどうしようという心配があるので今みんな一生懸命預金していると思いますが、80歳又は85歳になればあとは国や地方公共団体が面倒みてくれる、大丈夫だという安心感があれば、個人預金を一生懸命増やす必要はありませんので、消費なども動いてくるであろうと考えています。長寿社会の世界モデルに日本がならないといけないだろうと思っています。
 さらにもう少し付け加えれば、私自身の後援会が検討していますが、「文化のプラットホーム」としての日本を目指すことも是非皆様に考えてほしいテーマです。経済とともに文化が日本の存在意義を構成するというものです。将来、日本のアイデンティティは何かと問われたときに、あそこには文化がある、日本は文化の国だね。日本に行けば常に国際文化交流が行われている、そういう国だねと思ってもらいたいと思っております。日本の国全体が国際文化交流の場となるような国を創っていきたいと考えています。
 別紙で、「日本文化による国際貢献を考える研究会」という冊子を配布してあります。6月7日に開く予定の研究会である程度まとまった政策提言案を提示しようと思っております。近いうちに、報道関係者にもお知らせしようと思いますので、その前に先生方に、日本のあり方の一側面として国際文化交流を取り上げていることをお伝えしたいと思った次第です。
 こういった政策を推進していく上で、税制のあり方や予算編成が大変重要な役割を担います。税制では法人税の引き下げ、政策優遇税制そして消費税の引き上げなど。既に大いに議論されていますので省略しますが、例えば消費税を10%に引き上げる場合には食料品は全て外すとか、高齢者は例外とするといった配慮が必要になります。その施策を実施するには、納税者番号がないと例外措置は実施できませんので、納税者番号の導入が必要になります。
 また予算も、今のようなパンとサーカスみたいなやり方ではただただ貴重な財が無駄に消費されるだけです。そうではなくて、明るい未来にむけて、明確な政策のもとに、必要なところに予算を集中的につけた予算編成を行わなければなりません。
 また、平沼赳夫先生・田母神俊雄先生・そして私の主人である中山成彬の鼎談「真の保守だけが日本を救う」をお配りしております。ごくごく簡単な文章で書かれていますのでぜひ目を通していただきたいと思いますが、この本の中で中山が主張しておりますように、日銀による無利子国債の発行、政府紙幣の発行というようなことも考慮して予算を組んでいかないといけないだろうと考えております。
 こういった施策を推進するにあたっては、官僚の力を大いに活用しないとやり遂げられません。官僚組織を大いに活用する。これほど優秀な、世界に冠たる官僚グループをつぶしてしまうことは決してやってはいけないと考えています。今必要なことは「活官僚」です。日本が持っている貴重なシンクタンクですので、これを大いに活用して、民間の企業が存分に活動できるための環境づくりをするための政策についてしっかりと議論をし、推進していくことが必要であろうと考えています。
 では、日本の未来はどのような社会なのか、「温かく豊かで調和のある社会」です。「豊かで」というのはお金持ちがいるというわけではなくて、豊かな緑の中、環境に配慮した家、エコ住宅に、人々がそれぞれ十分広い空間を持ち、二世代、三世代が近くに住んで、子どもや孫に、母親一人ではなく、もっと多くの家族やご近所の人達が、目を注ぎ、声をかけ、話しかける社会を考えています。このためには住宅政策等幾つもの関係する政策を連携して取って行かなければなりません。都市政策も大いにかかわっています。日本の中でも一部既に進められていますが、例えば、「みなとみらい21」はそのような地域になっていまして、電柱の地中化や上下水道、冷暖房、通信網、そしてゴミ処理まで含む共同溝を備えた豊かな町を日本全国に拡げる。そういう都市計画を策定しては如何でしょうか。
 さらに核家族が解消され、多種の年齢層の人々が住むことになれば、自然にストリートウォッチャーも存在する、街にはいつでもだれかの目が光っている安全な町を取り戻せるであろうと考えています。
 そして、このような環境の中で高い教育水準を維持し、また各種専門学校、美容の学校でもいいしデザインの学校でもいい、いろんな種類の専門分野の教育を充実させていく。芸術、スポーツ、科学者、技術者、医師などそれぞれが自分の個性を発揮して活躍できる社会をつくって行きたいと思っています。
 さらに、国際文化交流の世界の拠点を日本の中に創るということであれば、そこに海外から芸術家、識者などいろいろな人々が集まってきますので、地域の人々が外国からの人々を迎え入れ、一緒に生活することとなります。
 つまり、政府が国家という意識をしっかり持って国を守り、国民を守る、そのような日本であれば、国際社会から信頼され、国内には子どもと高齢者が安心して生活できる社会、調和ある社会が形成されている、また緑豊かな自然の中、各地で地域の人々が中心となって国際的な文化の交流が明るく賑やかに催される、そのような国を皆で力を合わせて創って行けたらと思っています。
 夢みたいな話と思われるかもしれませんが、決して実現不可能ではないと思っております。

下村政策委員長
 前向きな、また具体的なお話をしていただきまして、明るい未来にむけてということで、本当にありがとうございます。そういう方向を目指すというのが今の民主党のばらまき、社会主義的な政策に対する我々の対案として、国民の皆さんにわかるように打ち出すことが大切だと思うんです。
 その中で、少子高齢化でこれから国債発行額も限界にきつつある中で財源をどうしていくか。一つは成長戦略で、まさに明るい未来にむけてという3番のように、技術革新等をしっかり国家戦略として、自然増収になっていくような成長戦略をどう打ち出していくかということがありますね。
 それからもう一つ、3の文化のプラットホームとしての日本とありますが、ある意味では日本の教育文化立国といいますか、それ自体をビジネスチャンスとしてとらえて、まさに世界のプラットホームとしていろんな人たちがたくさんきて、そこから新たな教育文化産業が大きく発展していくということも、日本らしい国家戦略として求められるのではないかと思います。せっかく資料も用意していただいていますので、「日本文化による国際貢献を考える研究会」ですか、どんなふうな視点からお考えなのか、ちょっとお話ししていただけますでしょうか。
中山講師
 今、お話いただきましたなかで、今回躊躇して申しませんでしたが、技術革新をリードする日本、技術立国を確実に進めれば、積み上げの試算をしないといけませんが、gdpを倍にすることも視野に入れて良いと考えています。これを5年でやると言ったら無理かもしれませんが、少なくとも10年のうちに……。

下村政策委員長
 1000兆円。

中山講師
 はい。gdpを倍まで持っていきたい。
 どうやったら実現できるかについては、まさに官僚チームを活用して、税制、予算、産業政策などあらゆる要素を考えに入れて、今どのような政策を取れば可能となるかの試算を行わなければなりませんが、可能とする政策を強力に推し進め、民間が十分力を発揮できる環境を作れるかどうかにかかっていると考えます。1人当たり国民所得1.5倍というのは自民党の成長政策の中で出ていますが、gdp2倍という構想を打ち出していきたい。何をバカなと言われるかもしれませんが、不可能なことではないと思っています。現政権のようにばらまきに5兆円も使っていたのでは無理な話ですが、日本が技術革新のうねりをしっかりと捉え、確実な、信頼ある政策を取れば不可能ではないと考えています。
 「日本文化による国際貢献を考える研究会」について話してもいいということで非常に嬉しいですが、やることはたくさんあります。別添の政策提言案「世界の文化が輝き、溢れ、交流する場を目指して」の1ページに「文化のプラットホームとしての日本」という囲みがあります。プラットホームというのはいわゆる駅のプラットホームをイメージしていただきたいと思います。多くの人たちが出入りする駅のプラットホームのように、日本には、いつでも外国の人々が出入りし、日本の中で文化活動をする。その準備を日本側がするというのが基本的な考え方です。
 2~3頁に、基本的な考え方を3項目、社会基盤としての文化、文化の底力、世界の諸文化の交流の場を日本に創出することについて説明しています。日本はその歴史を通じて、常に新しい文化を採り入れ、多くの文化との絶えざる交流のうちに日本自体の文化を作り上げてきました。日本が、世界の文化が出会い、互いの交流を通じて新たなものが創造されていく「文化のプラットホーム」となるよう、具体的な施策を政策提言として打ち出しました。別紙をお読みいただければ幸いです。
 最初に留学したのが四十数年も昔ですが、パリでした。ヨーロッパ文明を直に自分の目で確かめたいと思って、フランス政府給費留学生としてパリに向かいました。短い期間でしたが、パリに住んで、ヨーロッパ文明のすごさをいやというほど見せつけられました。
 日本が持っている文化はヨーロッパの文化とは全く違っていました。ヨーロッパの文化の持つ合理的という点など違っています。でも、正倉院のこととか『源氏物語』『枕草子』などいろいろな話をすると、フランス人のほうがびっくりして、「自分たちの文化はそれより何百年も遅れて出発している。しかも、日本ではそのような文化が営々と繋がっている。どこも切れていない。そういうものが現在の日本に残っている。このようなことは世界の中でも日本しかない」と、フランスの方々のほうが非常に感動して、いや、すごいねという話になって、当時説明しても嬉しい反応が返って来たのを覚えています。私自身はそのとき以来、自分は日本の文化を身につけている人間だということを前面に出してこれまで海外の方々とお付き合いしてきました。
 日本の持つ文化はヨーロッパとは違う。でも、国際的に通用する文化であると思っております。逆にヨーロッパが持っていない、白黒ではない、グレーまで読み取ることができる、この日本の文化を国際社会の中のギスギスしたものを和らげることにも貢献できるかもしれないと、そんな夢を若い頃から持ち続けています。
 ただ、この日本の文化をヨーロッパの人に分かってもらおうと思っても、いくら説明してもこれはなかなか分かってもらえないというのがこれまでの経験です。どうしたら分かってもらえるだろうと考えた時に、これまで日本文化紹介というのは、和太鼓や踊りを海外に派遣して見せる。大きな規模のものでは歌舞伎や能を持っていって見せるというものです。それだけでは「おー、ちょっと珍しいものがあるね」で終わってしまいます。そうではなく、海外の人々が日本にきて、直接、日本の社会で動いてもらおう。そうすれば、直接日本の人々と接することで日本の持つ良さを理解してもらえるのではなかろうかと、そう思いました。
 理解されるということは、国際社会の中で、平和を維持する上で非常に重要なポイントだと思っております。知らないということは何か恐ろしさにつながります。脅威になりますが、知り合えば安心して付き合うことができる。友好関係を維持するにもやはりお互いをしっかり知る必要がある、平和を維持するためにも日本そのものを知ってもらうことが重要であると考えてきました。
 さらに日本が素晴らしいのは、ごく一部の人たちが優れているというのではなくて、日本全体どこへ行っても、外国の人がどこに入っても全く問題なく日本人は対応できる。こういう国もまず他にはないと考えておりまして、そういった意味でも、日本全体、至るところで文化交流の場を創っていきたいと思っています。
 海外からいろいろな人が日本を訪問し交流する、または海外の超一流の人々をご招待し、そこでの文化のぶつかり合いの中から新しい世界の方向付けや地球の羅針盤も出てくるかもしれない。日本各地でいろいろな種類の文化の交流が行えるように、考えていきましょうと提案しています。
 文化力が日本の平和を維持するために役に立つという大上段の話だけでなく、観光の面からも望ましいと思っています。温泉があって宿屋があるというだけではなくて、そこにソフト、国際文化交流が加味されれば、日本を訪れる人々の種類も違ってくるし、広がりも出てくるであろうなどと考えると楽しくなりますが、日本国内で、世界が認知するいろいろな文化交流の場を創りたいと思っています。
 皆様はヴェニス・ビエンナーレについて聞いたことがありますか。1895年に、1896年はスポーツの祭典、第1回オリンピックが開催された年ですが、その1年前にイタリアのヴェニスで文化の祭典が開かれました。その後、ビエンナーレつまり2年に1回ずつヴェニスで現代アートの競演が開催されています。2年に1回ですので、戦時中途絶えたこともありましたが、既に五十数回開かれています。
 ヨーロッパの町ではこのような文化の祭典がいくつかありまして、現代アートであればヴェニス・ビエンナーレ、舞台芸術であればフランスのアビニョンで毎年7月にアビニョン・フェスティバルが開かれていますし、英国のエジンバラでも、8月中旬から9月初めにかけて毎年音楽を中心としたエディンバラ演劇祭が開かれています。
 このようなフェスティバルをまねるのではなく、もっと発展させた形の日本独特の文化の饗宴を開催していきたいと思っています。「まつり」という単語で表現しています。「まつり」「matsuri」「祭」という、平仮名であったりローマ字であったり漢字であったりする言葉を使って、音楽や舞台、美術、映像、メディア、アニメ、ファッションなどあらゆる文化の国際的な饗宴の場、世界が認知する文化交流の場を日本の中に創っていきませんかという提言をしようとしているところです。

下村政策委員長
 私も、文化人の人と「日本創成プロジェクトチーム」ってつくってやっているんです。例えば、日本画とか伝統工芸、美術等、本当に素晴らしいものがたくさんありますが、ただ、個々の職人の人たちの範囲内なもんですから、なかなかそういう発信力をトータルとして持っていないし、業界的な部分もないもんですから埋没しちゃっているんですね。
 これは、世界に発信をしていくことを国がバックアップしたり、あるいはそれぞれの業界がないんですが、そういう芸術家、文化人のバックアップ態勢をつくることによって、日本そのものが一つの文化としてのビジネスとして発信していくことによって、成長産業にもなっていくのではないかということをすごく感じてましてね。これは技術革新だけでなく、今までの日本の伝統文化のセンスとか、おもてなし的な部分もそうですが、そういうのもトータル的に文化が大きくこれから発信していき、なおかつそれが日本の成長にもつながっていくという、そういう切り口でやっているもんですからものすごく共感を感じました。

中山講師
 ありがとうございます。日本の各地で既にフェスティバルは行われていますので、その方々と一緒に動く、サポートする態勢を政府の中に……。

下村政策委員長
 そういうネットワークを我々がバックアップしてやらないと、なかなか民間の方だけでは限界があるもんですからね。

中山講師
 特に、文化はすぐに収益につながるものではありませんので、ある程度、基礎固めの部分は、文化を経済の発展と同じ政策の一つ、車の両輪と捉えていくことが大事であろうと思っています。国際文化交流を政策の中央に一つポンと据えるくらいの考え方を、自民党は持っていていいのではないか。

下村政策委員長
 そうですね。目先の事業仕分けで削っていったら日本はジリ貧になるだけですから。

中山講師
 特に文化関係、基礎的な学問、科学、技術といった項目が削られてい
ますので、私たちが考えているのと全く逆の方向に向いています。ばらまきでは貴重な資金が消えていくだけです。しっかりした国家運営、経営者としての考え、投資の考え方を持って欲しいと思います。

下村政策委員長
 今日は中山先生に、素晴らしいお話を聞かせていただいてありがたいなと思いました。お忙しいところを本当にありがとうございました。
 資料もたくさんいただいて、今回参加していただいた皆さんもじっくり読んでください。

中山講師
 読むだけでも大変かもしれませんが・・まだ拘っていますが、gdp倍増のために現在どのような政策を取らなければならないのか、ということを打ち出して、しっかり議論し、シミュレーションし、可能性を追求していきたいと思っているのですが・・

下村政策委員長
 具体的にそれの根拠があるものもつくりながらね。

中山講師
 よろしくお願いします。


別添資料
  • 清和研政策委講演録添付資料
    【政策提言案】
    世界中の文化が輝き、溢れ、交流する「場」をめざして
    ―― 文化のプラットホームとしての日本――
  • 清和研政策委員会レジュメ(h22.5.19)
    【明るい未来へ向けて】
    1.基本的考え方
    2.戦後シンドロームからの脱却
    3.明るい未来へ向けて

    (題名部分、又はpdfボタンをクリックし、pdfデータをダウンロードしてください。)


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